昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(十九)の一と二

2011-10-14 21:50:03 | 小説


宣言どおりに小夜子は、あの日から程なく東京に旅立った。
茂作は当然の如くに、烈火の如くに怒った。
しかし、小夜子の家出宣言の前には、いかな茂作も折れざるを得なかった。
結局、茂作の知人宅に世話になるということで妥協した。
苦渋の選択ではあったが、夜のバイトも認めざるを得なかった。
借財まみれの茂作では、如何ともし難い経済状態だった。
意気揚々と東京に出た小夜子は、日中は英会話の学校に通い、
夜間をナイトクラブでのタバコ売りに費やした。
毎日の睡眠時間は五時間弱程度だったが、見るもの聞くもの全てが驚きの連続で、
辛いという気持ちは全くなかった。
茂作の知人である加藤は、
「出世払いでいいから、夜のバイトは辞めなさい。」と、事ある毎に小夜子に告げた。
しかし当の小夜子にしてみれば、学校よりもナイトクラブに魅力を感じていた。
何より、ジャズの生演奏が聞けることが嬉しかった。
そして又、お給金以外のチップ収入も魅力的だった。



中年男が小夜子に高額のチップを渡そうとする。
下卑た顔つきに感じた小夜子だが、仮にも客である。
それに梅子が頷いている。
「もらっときな、小夜子。」
「ありがとうございます。」と、軽く頭を下げた。
中年男は、うんうんと相好を崩してチップを握らせた。
「今度、社長を連れてくるよ。
お付き合いして損のない方だから。」と、口説かれた。
しかし小夜子は
「私には、決めた男性が居るんです。」と、固辞し続けた。
「正直な女性だね、益々気に入った。
是非にも、逢わせなくちゃな。
店の中でなら、いいでしょ?」と、なおも食い下がる。
「でもぉ・・」
困った表情を見せつつも、悪い気はしない。
田舎ではモダンガールとして通っていた小夜子も、
さすがに東京では田舎娘だと自覚させられる。
同じ洋服を着ても、どこか借り物に見えてしまい、
化粧をしてみては、けばけばしく感じる。
失いかけた自信を取り戻すために正三に手紙を書いてみるのだが、一向に返事が来ない。
来るのは、茂作翁の愚痴ばかりの手紙だ。
それとはなしに正三のことを茂作宛の手紙に書いても、
“元気そうだ”といった類の文字があるだけだった。


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