((ご報告))
あとさきになりましたが、(三百九十二)より、第3部(武蔵の死)とさせていただきます。
屋台骨を失った、富士商会。
武蔵は死の床で、どんな起死回生の手を打ってくるのか。
そしてその後の、富士商会は……?
(すこし企業小説的な要素が入ってきますが、なにぶんにも経験不足ですので深く追求されませんようねがいます)
そよそよと多摩川の川べりから風が吹いてくる。
きらびやかなネオンサインが焦がす空を、はるかに見ながらふたりして並んでいる。
電柱にとりつけてある街灯にむらがる虫が、他の客だ。
「どうです、いけるでしょ?」
「うん、美味い! と言うのは、失礼か?
仮にもプロの作るものだ、うまいのは当たり前だな。
俺たちに合ってるな、この味は。五平にしちゃ、上出来の所を見つけたな」
熱々のおでんを口にはこびながら、コップ酒を手にする。
五平は、ちびりちびりと舐めるように飲んでいる。
おだやかな表情の中に、ときおり見せる苦汁の色。武蔵が、口を開いた。
「五平、なにを悩んでいるんだ。話してみてくれ。
五平の悩みごとは、俺の問題でもあるんだ。
俺たちは、血こそつながっていないが、義兄弟なんだ」
じっと五平の横顔を見ながら、五平の口がひらくのを待った。
しばらくの沈黙ののちに、やっと五平の口がひらいた。
「社長……」
「五平、タケさんでいいよ。いや、タケさんじゃなきゃだめだ」
「だめですわ、それは。社長としての武さんに話したいんです」
五平にしてはめずらしく、気色ばんで言い返した。
「そうか、社長としての俺か。わかった、こころして聞くよ」
「社長。ここらで、身を退かせてもらいたいんで」
「身を退くって、おまえ。会社を辞めるってことか?
冗談言うな、悪いじょうだんだぞ、そいつは。五平には、定年なんかないんだぞ。
辞めるのは、いや辞められるのは死んだときだ。
馬鹿ばかしい、話にならん、そんなことは」
思いもかけないことばに、五平から目をそらして首をふった。
「社長の気持ちは、ほんとにありがたいと思いますわ。
ありがたいんですが、もうダメなんですわ。気持ちがね、切れちまったんです。
朝起きて、以前なら『よし、やるぞ!』って思えたのが、今は……ないんです。
『もう朝か』って、ため息なんですわ、出るのが」
沈んだ声ながらも、はっきりとした口調でいう五平に
「だめだ、だめだ。そんなことは許さんぞ。
なあ、五平。五平だから言うけれども、俺なあ、長くないかもしれん」と、声をひそめる武蔵だ。
五平のことばに誘われるように、武蔵もまた、弱よわしくつげた。
「なんです、その長くないってのは。変なことは言わないでくださいな。
医者に、なんか言われたんですか?」
思いもかけぬ武蔵の告白をきかされて、己の発したことばに驚きを隠せない五平だ。
「ふん。医者は、酒をひかえろのお題目さ。そうじゃない、そんなことじゃない。
実は、じつは夢見がわるいんだよ、最近。おむかえの夢を見るんだ。
親父とお袋らしきふたり連れがな、むかえに来るんだよ」
「らしき…って、どういうことです?
いやいや、疲れからですよ。喜びが大きすぎて、それにとまどってるんですよ。
坊ちゃんの誕生がね、武さんの気持ちをね、目いっぱい高揚させているんだ。
その反動でね、わるい夢を見るんですよ」
「まあいい、辛気くさい話はやめだ! とに角、五平の退職は認めんぞ。
だめだ、だめだ! 親父、もう一杯だ。五平、お前もからにしろ」
「社長…あたしは……」。くらく沈んだ声で、五平がポツリポツリと話しはじめた。
「あたしは、いや、あたしなんかが居ても良いんですかね? 厄介者じゃないかと、そう思えはじめて」
「待てまて、なに」。口をはさみかける武蔵を制して、五平がつづけた。
「竹田も、いっぱしになってきましたしね。もう、あたしの指示なしでも、なんでもこなせるようになりました。
徳子との二人三脚で、経理もきちっとやってますし。
その徳子も、あたしなんかより竹田との方がやりやすそうですし。
それに最近じゃ、仕入れの方も社長におまかせしっ放しですし。
なんだか、あたしの居場所がね、なくなっちまったようで……」
「とにかくだめだ。この話は、これで終わりだ。
いいな、the end だぞ」
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