昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (九) 海水浴

2015-02-03 08:33:15 | 小説
吉田の脳裏に、海水浴に出かけた日のことが思い出された。

♪イマワ ヤマナカ イマワ ハマ♪
大はしゃぎの子供たちだった。
吉田もまた、二人に混じって歌った。
次第に興奮の度合いが高まり、二人は競い合うように大声で歌い始めた。

男の子の声ががなり声に変わってくると、
その微笑ましい光景にほゝをゆるめていた周りの乗客も、
さすがに嫌悪感の表情を見せ始めた。
そこかしこで咳払いが聞こえ始めた。

吉田が慌てて、「小さい声で歌おうな」と諭すのだが、まるで効果がなかった。
「さあ、奈美ちゃん、雄太くん、おネムにしましょうね。
海に着いたら、起こしてあげるからね」
そのひと言を待っていたかの如くに、大きなあくびが出てそのまま二人そろって眠りに入った。

「お見事! さすが、お母さんだ」
「うふふ、夕べこの子たち眠ってないのよ。
もう興奮のしっぱなしでさ。こっちがまいってしまうわ。
私も、寝てないのよね。ごめん、寝るわ。ちょっと肩を貸してね」

言うが早いか、スース―と軽い寝息を立て始めた。
今日の妙子は、石鹸の匂いに包まれていた。
毎夜の甘い香水とは似ても似つかぬその香に、吉田は酔いしれた。

“この女は、俺にはまるで無防備だ。俺を信じきっている。
俺の気持ちが本気だということを、知っているんだ。
二人の子どもも、俺になついている。
幸せというのは、こういうことだったのか”


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