ふた月ほどまえの、雨の日だった。
梅雨の時期もおわりにちかづき、はげしい降り方がつづいている。
きょうは花金だった。普段なら早めに仕事を切り上げて、いつものように……。
しかしやっとコンタクトのとれた会社から、昼過ぎに「あたらしい製品について説明を聞きたい」と連絡がはいった。
すべての予定をキャンセルして、部長とともにはせ参じた。
いっきに話がすすみ、そのまま接待の場へとうつった。
〝今夜は映画だったな。すっぽかしになっちまうか……。
しかたない、次にはなにかプレゼントでも用意してやるさ〟
今となっては連絡のとりようがない。
部長と会社をでたのが、午後の2時すぎ。
プレゼン用の資料を取りそろえて、念のためにと複数回の確認をした。
コピーを女子社員に頼んだときに、いったんは麗子へ連絡をと受話器をとったものの、取引先からの電話がはいり、そのタイミングを逸してしまった。
まどろみかけたとき、ドアをノックする音がした。
こんな時間にだれだ? といぶかりながら、ベッドから気だるく立ち上がった。
「どなた?」
「あたしよ、開けて!」とげのある声に、男はあわててドアを開けた。
「どうしたの! 待ってたのよ、ずっと。雨はひどいし、びしょ濡れよ」と、肩を
指さしながら憤然としていた。
男はとりあえずタオルを渡し、詫びた。
「悪かったよ、仕事が片づかなくて。ひとりで見てるだろうと思っていたよ。
あんなに楽しみにしていた作品だから」
「ひどいわ!」
ひとことだけ言うと、男の手からタオルをひったくり濡れた髪をふいた。
そんな麗子のうなじが、今夜はいつにも増してなまめかしつつまれている。
淡いスタンドの灯りがもれるなかで、男は麗子の肩にてをおいた。
「わるかった、大丈夫かい?」
軽いキスをうけた麗子は、男の胸をかるくこずきながら言った。
「せっかくの切符が……。よっぽど中にはいろうかと思ったけど、あたしが切符持ってるし。
それに、はじめての映画だしふたりで見たかったの。……」
はじめて見せた仕草が、男の欲情に火をつけた。
画期的な新商品の開発に成功したメーカーからの申し出で、海外のバイヤーとの交渉前のいま、徹夜の日も多々あった。
麗子とのデートの約束をやぶったのも、これでなんど目だろう。
男にしても、ひとりの部屋にもどると悶々としていた。
「ホントに悪かった。だけどひとりでみてくれば良かったのに」と、肩を抱きながらやさしく声をかけた。
「だって、こんやの映画だけはふたりして見たかったの。
どうせ中は、アベックばかりでしょうし、帰りも恐いし……」
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