五
「森田君、失礼って、何かあったのか!」
顔を真っ青にして、怒鳴りつける。森田は体を縮こまらせる。
「大丈夫です、何もありませんから。
ボーっと立ってたあたしが悪いんですから。」
「誠に申し訳ありません。教育がなっておりませんで。
頼むよ、ほんとに。
御手洗様とのご縁が切れたら、僕は首です。
今、ご婚礼時の調度品のお約束を頂いたところなんだから。」
怪訝な顔を見せる小夜子に対し、小声で耳元に囁いた。
「さすがに御手洗社長は、お目が高い。
小夜子さまなら、いいご伴侶になられますです。」
小夜子は武蔵から、何も言われていない。
まさか今日の外食が、このデパート目当てだとは思いも寄らぬことだ。
そして今も、疑いはない。
あくまで、いつもの小夜子のご機嫌取りだと思っている。
高井の言葉に、悪い気はしない。
“まったくもう!そんなことを言いふらしてるのかしら?
あとで、とっちめなくっちゃ。”と、軽く受け止めていた。
六
「小夜子さま。本日はどのようなお靴をお考えでしょうか?」
森田の慇懃な態度が、小夜子には面はゆい。
「その、‘さま’というの、止めてくださる?」
「とんでもございません、大切なお客さまでございますから。」
「だから、‘さま’じゃなくて‘さん’で良いんです。」
「申し訳ございませんが、やはり‘さま’と呼ばせて頂きます。」
何度か押し問答を繰り返したが、小夜子の希望が通るはずもない。
結局森田の見立てで、二足のハイヒールを購入した。
さすがに洗練された最新モードの靴だ。が故に今の服では、靴が浮いてしまう。
高井の勧めで、洋服も買うことになった。
「お羨しいですわ、ほんとに。
大事にされていらっしゃって。」
「えぇ、まぁ。」
ほんのり桜色の、小夜子。
デパートでは、武蔵とのことが既成事実となってしまった。
“もう、失礼しちゃうわ。
みんなして、あたしをお嫁さんだって決め付けて!”
と思いつつも、悪い気がしない小夜子だった。
「お羨しいですわ。」と言う森田の言葉が小夜子のプライドをくすぐる。
“良くはしてくれるのよね。正三さんだと、ここまではね。”
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