終わりの文字がスクリーン一杯に現れても、喪失に囚われていた正三は、小夜子に促されてもなお席を立つことが出来なかった。
男たちの、それぞれの勝手な言い分に混乱の極みに立っていた。
罪を問われれば当然の如くに罰が待っているのだ。
生きていくのがいやになるほどの、それほどに辛く暗い時代だからと言うのだろうか。
だから死を求めての告白なのだろうか。
なのになのに今、自分は、わがままを通そうとしている。
時空の違う映画が語る時代へと己を移している自分が、突然に滑稽に思えた。
夕闇の迫る中、正三は寡黙になっていた。
「どうしたの? 正三さん。そんなに考えこむこと、ないじゃない。
見栄よ、見栄。みんな、見栄を張ってるのよ。精一杯の、虚勢を張ってるのよ。
真実などと言うのは世間が求めるもので、当事者達にとっては自分に都合のいいようにしたいわけよ。
例えば殺された武士にしてみれば、妻を守る為に決闘をした。
山賊は、名高き悪名を汚したくない。
妻は、夫に対する何か恨みがあったんでしょ。
案外、木こりが犯人かもよ。でもね、これは犯人探しの映画じゃないんだから」
「しかしねえ、何を言いたかったのかな、黒澤監督は。すっきりしないよ、これじゃあ」
「良いのよ、そんなこと。
面白いか、面白くないか、それだけじゃない。面白ければ良いのよ。
それより、お腹が空いたわ。美味しいもの、食べさせてよ」
小夜子の、正三とはまったく違う見解に驚きを隠せない正三だった。
確かに、小夜子の言わんとするところも分かる気がした。
常に、己に正直に生きている小夜子だからこその感想に思えた。
「面白ければいいのよ」。そう言い切る小夜子が羨ましくも思えた。
父親に宣言をしたものの、あの日以来、事あるごとに父親に母親に、そして妹の幸恵にまで「お兄さまは間違っている」と詰め寄られている。
佐伯家に生まれたからには、佐伯家嫡男として生まれたからには、それなりの責任が生ずるというのだ。
佐伯家嫡男として生を受けて以来、下にも置かぬ接遇を受けてきたのだ。
特別の待遇で以て、周りからの世話を受けてきたのだ。
畏怖の念を抱かせて、使用人たちに尽くされてきたのだ。
家内だけでなく、一歩外に出てもそれなりの尊敬の念を受けてきたのだ。
羨望のまなざしで見つめられたはずなのだ。
それは、正三個人に与えられたものではなく、「何度も言うけど、佐伯家嫡男としての立場、地位に対してのものなのよ」と、妹の幸恵にすら言われてしまう。
そして最後に、こうも付け加えられた。
「だから、無責任なことはしないで。いずれは受け継ぐ佐伯家当主として、恥ずかしくない行動をとるべきよ」と。
反論が出来ない正三だった。新しい日本国憲法の精神には、家制度はない。
もう、封建主義からは解放されたのだ、と考える正三だ。
だから、例えば婚姻についても、当事者両人の意思によって決めて良い、いや尊重されなければならないと考えている。
しかしそんな思いも、幸恵に論破された。
“こんな薄っぺらいものだったのか、ぼくの学問は”と、情けなく思えた。
しかしそれでも、小夜子を思い切ることはできないだろうと考える正三だった。
“そういえば、イギリスの何とかという王は、愛のためにその地位を投げだしたではないか”と、思い出した。
“幸恵に譲れば良いんだ、養子を迎えれば済むことだ”と、理屈をこね始めた。
“大丈夫、幸恵なら分かってくれる。きっと分かってくれる。
それほどに小夜子さんは素晴らしい人なんだ”。
男たちの、それぞれの勝手な言い分に混乱の極みに立っていた。
罪を問われれば当然の如くに罰が待っているのだ。
生きていくのがいやになるほどの、それほどに辛く暗い時代だからと言うのだろうか。
だから死を求めての告白なのだろうか。
なのになのに今、自分は、わがままを通そうとしている。
時空の違う映画が語る時代へと己を移している自分が、突然に滑稽に思えた。
夕闇の迫る中、正三は寡黙になっていた。
「どうしたの? 正三さん。そんなに考えこむこと、ないじゃない。
見栄よ、見栄。みんな、見栄を張ってるのよ。精一杯の、虚勢を張ってるのよ。
真実などと言うのは世間が求めるもので、当事者達にとっては自分に都合のいいようにしたいわけよ。
例えば殺された武士にしてみれば、妻を守る為に決闘をした。
山賊は、名高き悪名を汚したくない。
妻は、夫に対する何か恨みがあったんでしょ。
案外、木こりが犯人かもよ。でもね、これは犯人探しの映画じゃないんだから」
「しかしねえ、何を言いたかったのかな、黒澤監督は。すっきりしないよ、これじゃあ」
「良いのよ、そんなこと。
面白いか、面白くないか、それだけじゃない。面白ければ良いのよ。
それより、お腹が空いたわ。美味しいもの、食べさせてよ」
小夜子の、正三とはまったく違う見解に驚きを隠せない正三だった。
確かに、小夜子の言わんとするところも分かる気がした。
常に、己に正直に生きている小夜子だからこその感想に思えた。
「面白ければいいのよ」。そう言い切る小夜子が羨ましくも思えた。
父親に宣言をしたものの、あの日以来、事あるごとに父親に母親に、そして妹の幸恵にまで「お兄さまは間違っている」と詰め寄られている。
佐伯家に生まれたからには、佐伯家嫡男として生まれたからには、それなりの責任が生ずるというのだ。
佐伯家嫡男として生を受けて以来、下にも置かぬ接遇を受けてきたのだ。
特別の待遇で以て、周りからの世話を受けてきたのだ。
畏怖の念を抱かせて、使用人たちに尽くされてきたのだ。
家内だけでなく、一歩外に出てもそれなりの尊敬の念を受けてきたのだ。
羨望のまなざしで見つめられたはずなのだ。
それは、正三個人に与えられたものではなく、「何度も言うけど、佐伯家嫡男としての立場、地位に対してのものなのよ」と、妹の幸恵にすら言われてしまう。
そして最後に、こうも付け加えられた。
「だから、無責任なことはしないで。いずれは受け継ぐ佐伯家当主として、恥ずかしくない行動をとるべきよ」と。
反論が出来ない正三だった。新しい日本国憲法の精神には、家制度はない。
もう、封建主義からは解放されたのだ、と考える正三だ。
だから、例えば婚姻についても、当事者両人の意思によって決めて良い、いや尊重されなければならないと考えている。
しかしそんな思いも、幸恵に論破された。
“こんな薄っぺらいものだったのか、ぼくの学問は”と、情けなく思えた。
しかしそれでも、小夜子を思い切ることはできないだろうと考える正三だった。
“そういえば、イギリスの何とかという王は、愛のためにその地位を投げだしたではないか”と、思い出した。
“幸恵に譲れば良いんだ、養子を迎えれば済むことだ”と、理屈をこね始めた。
“大丈夫、幸恵なら分かってくれる。きっと分かってくれる。
それほどに小夜子さんは素晴らしい人なんだ”。
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