「上得意さまなのね、小夜子さんは」
まぶしげに見上げる勝子に、勝ち誇ったように応える小夜子だ。
「まあね。色々と、お買い物をしてるから。婚礼の品も、ここで一式そろえたし。それに、これからも色々とね」
「あゝ、羨ましいわ。あたしも、そんな生活をしてみたいわ。
あたしも、社長さんみたいな素敵な殿方にみそめられたいわ」
「大丈夫よ、大丈夫。ここで勝子さん、変身するの
。最新モードで武装して、世のとのがたを悩殺してしまうのよ。勝子さんは美人なんだから、よりどりみどりよ」
「ほんとお? なんだか、小夜子さんにそう言われるとそんな気になってくるわ。
でも、あたしに似合うかしら? そんな最新モード」
“馬子にも衣装って言葉、知らないの?そ れなりに、女性は変身できるものよ”
小夜子のなかに、べつだん侮蔑の気持ちがあるわけではない。
勝子が好きな小夜子だ。しかしそれでも、己より一段下に見てしまう小夜子だ。
“あなたたちより数倍も努力してきたのよ、わたしは。
のほほんと生きてきたあなたたちが、このわたしに勝てるわけがないでしょ!”。
この性癖が、小夜子の小夜子たるゆえんになっている。
母の愛に薄かった小夜子。その哀れさでもって、周囲からはれものに触るがごとくに接しられた。
真綿でくるまわれた生暖かい愛情をそそがれた小夜子。
甘やかしということばでは、とうてい言い表せられない。
愛されることに慣れてしまい、愛することを知らずに育ってしまった。
雲のうえを歩く勝子がいた。上気した顔は、自信にみちあふれている。
「まあ! ステキよ、勝子さん」。勝子の思いもよらぬ変身ぶりに、小夜子も驚いた。
鏡の中の己に見とれている勝子、小夜子のひと声に我にかえった。
「ほんとにあたしなの? ねえねえ、小夜子さん。あなたじゃないわよね」
「なにをいってるの。正真正銘、勝子さんじゃない。ほら、このお帽子をかぶってみて。うん! もう立派な貴婦人よ」
「いやだ。これ、あたしじゃないわ。小夜子さん、なんだか変なの。
鏡のなかのあたしが、あたしをバカにしているの。『あんたなんかの着る服じゃないわよ!』って。
あたし、だめ。耐えられない」
「しっかりして! 誰もそんなことは思ってないわよ。大丈夫、すごく似合ってる。
ほら、見てごらんなさい。みんな、勝子さんを見てるわよ。羨ましがってるじゃない」
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