昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (八十二)

2021-03-10 08:00:30 | 物語り
「これからは、五平にはキチンと話をしてから物事を進めていこうかと思ってる。
今、反省している。独断過ぎたな、俺が。
あのことだよ、首切りが流行っていた。
俺が社員たちのそれをしなかったのには、他所に対する意地があった。
けどもちろん、それだけじゃないけれどもさ」

「タケさん、いや社長。これからは仕事の話なんで、社長と呼ばせてもらいます。
今日はどちらに行かれたんで? 今おっしゃってくださったでしょう、わたしには事前に話してくださると。
社長がなんの思惑もなしに、熱海くんだりまで来られるわけがない。
いや、待ってください。先に言わせてくださいな」

 口を挟もうとする武蔵を制して、五平が続けた。
今自分の思いの丈をすべて吐き出さねば、武蔵の言葉に飲み込まれてしまうと思ったのだ。
これまでにもあったことだ。特に五平に堪えたのは、やはりあの刺傷事件だ。
“ついて行けば良かった。ひとりでなんでも片付けようとする武蔵に対して、もっと強く意見すべきだった”。その思いが強い。

「これから、どこに行こうとされているんですかい。
社長のことだ、現状で満足されているとは思えんのです」
「そうだな、五平には話すよ。なんといっても、かけがえのない俺の相棒なんだ。
富士商会は俺だけの会社じゃない。五平と二人の、俺たちの会社なんだ」

 コップに残る酒を飲み干すと、それを五平に手渡した。
「お聞きします、社長」と居住まいを正して、武蔵に正対した。
「販路先を広げたい。今のままでも十分にやっていけることは分かってる。
今の日本は、衣食はだいたい足りた。住にしても、でっかい建物が建設されるそうじゃないか。
となるとだ、次はなんだ? 娯楽だ。それもチマチマしたものじゃなくて、今回の俺たちみたいにみんなで騒ぐ娯楽だろう。
でだ、宿泊施設だ。そいつは旅館でありホテルだろう。
いま現在どんな具合かを知るために、来てみたんだ。
むろん、社員たちの頑張りに対する慰労が一番だけどな」

 思いもかけぬ武蔵の言葉だった。
ただの慰安旅行ではないと思ってはいたが、まさかそんな思惑が隠されていたとは考えもつかない五平だった。
“この人は、こと商売にかけちゃ……”。天才だと言う言葉をぐっと飲み込んだ。
“違う、そんなひらめきなんかじゃねえ。
きちんと、論理的に考えての結論だ”。誰もが気付くことだ、五平にもそれは分かっている。
しかし武蔵は、他人より一歩いや半歩早いのだ。だから人を出し抜ける。
だから、より儲けられるのだ。そう納得させられた。


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