一)
「お父さん、お茶にします? それともコーヒー飲みます?」
小夜子は武蔵を‘お父さん’と呼ぶことにしていた。
「あなた、はダメかぁ?」
と、武蔵がおどけてみせたが
「ダメ!‘お父さん’なの。
それとも、以前のように‘社長さん’にする?」
と、言い返した。
「分かった、分かったよ。
社長では他人行儀すぎる。
それでいいよ。」
と、矛を収めざるを得なかった。
小夜子の差し出すコーヒーをすすりながら、
「うーん、美味い!
小夜子も上手になった。
初めの頃は、薄かったり濃かったりと、とてもじゃないが飲めた代物じゃなかったがな。」と、相好を崩した。
「そりゃあ、そうよ。
愛情たっぷりの、コーヒーだもの。
あっ、愛情と言っても違うからね。
変な風に取らないで。
お父さんに対する、愛情だからね。」
「おぅおぅ、それを言うか、小夜子は。」
快活に笑う武蔵に、小夜子は
「そうよ、そうなの!
お父さんは助平だから、勘違いされたら困るもんね。」
と、念を押した。
「ねえねえ、この間買い物をしてたらさ。
ふふふ・・‘奥さん’って、言われちゃった。
参っちゃうわ、ほんと。
『お嬢さん、何にします?あぁ、ごめんよ。
ミタライさん家の、奥さんだったね。
どう?新婚生活は。
優しくしてもらってるかい?』ですって。」
「なんて答えたんだ? 小夜子は。」
「ふふ・・、内緒よ。ふふふ・・」
少しはにかんだ表情を見せながら、小夜子が甘えたような声で言った。
「気になるじゃないか、その言い種は。
言えよ、言わなきゃこうだぞ!」
武蔵は両手を大きく広げ、襲いかかる熊の仕種を見せた。
二)
「きゃあ、イャだ! 」
と、慌てて小夜子は立ち上がった。
逃げ惑う小夜子を、何度も雄叫びを上げながら追いかけた。
「怖いよぉ、お家の中に助平熊が出たよぉ!
誰か、助けてえ!」
さながら鬼ごっこの如くに、家中を駆け回った。
廊下に飛び出した小夜子は、台所から玄関そして二階へと駆け上がった。
「どこだぁ…どこだぁ……
美味そうなウサギはどこに逃げたぁ!」
小夜子は声を殺して、階段の途中で武蔵を待った。
ウキウキとした気分で、大きく両手を上下させる武蔵を見つめた。
“ほら、ここよ。ここに居るわよ。
どうして外に行っちゃうのよ!”
玄関の戸に手を掛けようとする武蔵を見た小夜子は、慌てて階段で足踏みをした。
「うん? 音がしたぞ……
どこだ? どこからしたんだ……、階段だったか?」
武蔵はキョロキョロしながら、階段に目を向けた。
満面に笑みを浮かべる小夜子を見つけた武蔵は
「おぉ、居たぞ! ガオォォ! 見つけたぞぉ!」
と、のっそりと体を入れ替えた。
“キャッ、キャッ! ”
と声を上げながら、小夜子は階段を駆け上がった。
武蔵は、獣のように階段に手を掛けながら
「逃げられんぞぉ、逃げられんぞぉ!」
と、ゆっくりと登った。
小夜子は奥の部屋に入り込むと、息をひそめて武蔵を待った。
「この部屋かぁ…、いんや、居ないぞぉ!
どこだぁ、階下に、逃げたかぁ!」
呻くような武蔵の声が、小夜子に耳に届いた。
まるで子供のように、小夜子の鼓動が早くなった。
ワクワクとしていた。
“ここよ、この部屋。
ここに、居るよ。”
廊下に出た音がすると、小夜子の心臓は早鐘を打ち始めた。
「お父さん、お茶にします? それともコーヒー飲みます?」
小夜子は武蔵を‘お父さん’と呼ぶことにしていた。
「あなた、はダメかぁ?」
と、武蔵がおどけてみせたが
「ダメ!‘お父さん’なの。
それとも、以前のように‘社長さん’にする?」
と、言い返した。
「分かった、分かったよ。
社長では他人行儀すぎる。
それでいいよ。」
と、矛を収めざるを得なかった。
小夜子の差し出すコーヒーをすすりながら、
「うーん、美味い!
小夜子も上手になった。
初めの頃は、薄かったり濃かったりと、とてもじゃないが飲めた代物じゃなかったがな。」と、相好を崩した。
「そりゃあ、そうよ。
愛情たっぷりの、コーヒーだもの。
あっ、愛情と言っても違うからね。
変な風に取らないで。
お父さんに対する、愛情だからね。」
「おぅおぅ、それを言うか、小夜子は。」
快活に笑う武蔵に、小夜子は
「そうよ、そうなの!
お父さんは助平だから、勘違いされたら困るもんね。」
と、念を押した。
「ねえねえ、この間買い物をしてたらさ。
ふふふ・・‘奥さん’って、言われちゃった。
参っちゃうわ、ほんと。
『お嬢さん、何にします?あぁ、ごめんよ。
ミタライさん家の、奥さんだったね。
どう?新婚生活は。
優しくしてもらってるかい?』ですって。」
「なんて答えたんだ? 小夜子は。」
「ふふ・・、内緒よ。ふふふ・・」
少しはにかんだ表情を見せながら、小夜子が甘えたような声で言った。
「気になるじゃないか、その言い種は。
言えよ、言わなきゃこうだぞ!」
武蔵は両手を大きく広げ、襲いかかる熊の仕種を見せた。
二)
「きゃあ、イャだ! 」
と、慌てて小夜子は立ち上がった。
逃げ惑う小夜子を、何度も雄叫びを上げながら追いかけた。
「怖いよぉ、お家の中に助平熊が出たよぉ!
誰か、助けてえ!」
さながら鬼ごっこの如くに、家中を駆け回った。
廊下に飛び出した小夜子は、台所から玄関そして二階へと駆け上がった。
「どこだぁ…どこだぁ……
美味そうなウサギはどこに逃げたぁ!」
小夜子は声を殺して、階段の途中で武蔵を待った。
ウキウキとした気分で、大きく両手を上下させる武蔵を見つめた。
“ほら、ここよ。ここに居るわよ。
どうして外に行っちゃうのよ!”
玄関の戸に手を掛けようとする武蔵を見た小夜子は、慌てて階段で足踏みをした。
「うん? 音がしたぞ……
どこだ? どこからしたんだ……、階段だったか?」
武蔵はキョロキョロしながら、階段に目を向けた。
満面に笑みを浮かべる小夜子を見つけた武蔵は
「おぉ、居たぞ! ガオォォ! 見つけたぞぉ!」
と、のっそりと体を入れ替えた。
“キャッ、キャッ! ”
と声を上げながら、小夜子は階段を駆け上がった。
武蔵は、獣のように階段に手を掛けながら
「逃げられんぞぉ、逃げられんぞぉ!」
と、ゆっくりと登った。
小夜子は奥の部屋に入り込むと、息をひそめて武蔵を待った。
「この部屋かぁ…、いんや、居ないぞぉ!
どこだぁ、階下に、逃げたかぁ!」
呻くような武蔵の声が、小夜子に耳に届いた。
まるで子供のように、小夜子の鼓動が早くなった。
ワクワクとしていた。
“ここよ、この部屋。
ここに、居るよ。”
廊下に出た音がすると、小夜子の心臓は早鐘を打ち始めた。
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