アーシアのにこやかに微笑んでくれる顔が浮かぶと同時に、大粒の涙がどっと溢れ出た。
アーシアを思い浮かべても、このところ涙までは流さなかった小夜子だった。
ところが、いま、アーシアの死と武蔵との出会いを関連付けてしまった。
“関係ないわ、関係ない。あのとき一緒に行かなかったのは、ごく自然なことよ”と否定するのだが、武蔵と会わなければ……と考える小夜子だった。
「大丈夫でございますか、お医者さまをお呼びしましょうか?
長旅でおつかれでしょう」
おろおろと小夜子に問い掛けた。
気丈な小夜子しか知らぬ千勢にしてみれば、いまの小夜子は尋常ではなかった。
医者を呼んだからといって、どうにもできぬことは分かっていた。
分かってはいたが、何かをしなければと焦るだけの千勢だった。
「ごめんなさい。びっくりしたでしょ? もう大丈夫よ。
アーシアのことを思い出すと、時々泣いてしまうの。でももう大丈夫だから。
専務のことね。善しにつけ悪しきにつけ、専務と出会ったのが、あたしの人生の分岐点ね。
だけどとに角、嫌いなの」
「分かりました、小夜子奥さま。もう口にいたしません。どうぞご安心ください。
それより、みなさんはいかがだったのですか?」と言いつつも、千勢の中では竹田のことを聞きたいのだ。
会社での竹田のことを知りたいのだ。
「竹田? そうねえ、竹田はねえ。竹田は、暗いわね」
ぞ んざいな口ぶりで、口にするのもはばかられるとばかりに、一刀両断に切り捨てた。
なぜかしら、千勢に竹田のことを話したくない小夜子だった。
「それより、服部よ。もうだれ彼かまわず声を掛けまくってたわ。
何かといっちゃ体に触って、大騒ぎ。
女子社員が逃げ回っていたわよ。でも人気者ね、案外。
服部の背中を叩いていたもの、みんな。でもう、会社中を走り回って。
すぐには帰ってこない社員なんかは、案外良い感じかもね」
「はあ、はあ。」と気乗りしない様子で聞き入る千勢であり、竹田の話が聞けなければまるで興味のない千勢だ。
しかし小夜子はなおも話しつづけた。
「それにくっついてはしゃぐのが、山田ね。
山田も一人だと静かなんだけど、服部に便乗するみたい。で
も、山田にはお目当てがいるみたい。その子の顔色を窺いつつというのが、手に取るように分かったわ。
名前が分からないけど、まあ美人ね。ちょっとつんとした感じで、スレンダーガールね。
スレンダーは、痩せてるってことよ。そうね、モデルさんタイプかな?
そう言えば、竹田もちらりちらりと盗み見してたような……」
途端に千勢の体がピク付いた。顔も少し引きつっている。
「そ、そうなんですか。美人の社員なんですね。竹田さん、痩せてる女性がお好きなんですね。」
無理に出す高い声は、明らかに普段の千勢の声ではなかった。
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