「だけど、社長の予言? 当たったじゃない。まさかホントになるとはね。男連がいなかったのは、想定外だったけどね」
「だめだめ。うちの男どもは、てんで意気地がないんだから」
「うちだけじゃないわよ、どこもよ」
「そうよね、社長と加藤専務ぐらいじゃない、頼りになるのは」
「それはそうと、神田さんって誰なの? まさかほんとに、警察に知り合いが居るの?」
「居るわけないですよ。あんなの、デマカセです。何て言いました、あたし? 神田って言ったんですか? ふうぅぅ」
「あの男が気付かなかったから良かったけど、危なかったわね」
「そんなことないですよ、神田さんだろうと田山さんだろうと、警察に知り合いが居るってことが大事なんです!」
一番の新入りが頬を膨らませて、抗議した。
「そうそう、結果オーライよ。最悪でも警察に繋がってれば、何とかなるでしょうし」
「ええっ! かけてませんよ、あたし。受話器を持ってただけで」
ところがそれからすぐに、交番勤務の警官が駆けつけた。
「どうしました、大丈夫ですか?」通りがかった通行人が連絡したらしい。
で、評判の美人をおがめるぞとばかりに、どしゃ降りの雨もなんのそのと駆けつけてきたというわけだ。
そしてこの顛末を、この警官が面白おかしく吹聴してまわった。
町内の旦那衆が、物見遊三でやってくる。商売に関わることでもないのだが、無碍な対応をするわけにもいかない。
たちまち、応接室が町内会の会合の場と化してしまった。
「ほお、あんたかい? 暴漢をやっつけたというのは」
「大立ち回りだったそうだね。投げ飛ばしたんだとか?」
「男たちは、ビビって奥に引っ込んだそうじゃないか!」
「まったく、なげかわしいことだよ。特攻で死んだ英霊に、恥ずかしいこった」
そしてその旦那衆の交友範囲は広い。その中に富士商会を快く思っていなかった老舗連も、多々いた。
そして七人の女侍たちの快挙が話題となって、さらには小夜子の美貌見たさの富士商会詣でがはじまった。
月も半ばになって、荷の動きも落ち着いてきたことから
「どうだ、みんな。今夜、ご馳走をしてやりたいんだがな」と、武蔵から声がかかった。
「みんなのおかげで、新規の客がどっと増えた。しかも、老舗の店ばかりだ。
『成り上がりが!』とケチをつけてた所ばかりだ。これで富士商会の株も上がるってもんだ。なあ、みんな」
「社長! ご馳走も嬉しいんですけど、お給料が上がる方が、もっと嬉しいです」
「そうね、そうよね。男子社員は、査定基準がはっきりしているけど、あたしたち女子社員は、目に見える貢献度がないものね」
「賛成、大賛成! お給料、上げてくださーい!」
「うーん、そうか。そうだな、確かに。事務の仕事を、すこし軽く考えていたキライがあるな。
よし分かった。専務とも相談して、なにがしかのことはしよう。それじや、ご馳走はなしだな」
「ええ! だめですよ、社長。それとこれとは話が別です。
明日のお昼、仕出しお弁当を出してください。松屋というお店の天丼を食べたいです、あたし」
「さんせえー! あたしも、天丼食べたーい!です。」
「あたしは、カツ丼とかいうのを」
「分かった、分かった。それじゃ明日の昼、出前を取れ。各自好きなものを食べたらいいさ」
「はーい、ありがとうございまーす」
「もうひとつ、でーす。お姫さまもご一緒、いいですよね? お昼まえのご出勤をお願いしてください」
「そうそう。ご一緒して『新しい女』のこと、お聞きしたいわ」
「なんだ? お前たちも『新しい女』になりたいのか? やめとけ、やめとけ。世間の風当たりがきついぞ。
お前たちに、耐えられるか? まあいいさ。聞きたきゃ聞けばいい。
しかしここだけの話、男からすると困ったもんさ。
『女房の尻に敷かれた情けない男』と陰口を叩かれるからな。ま、お手柔らかに頼むぞ」
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