五平と、一升瓶を座卓ではなく畳の上に置き、茶碗酒と決め込んでいる。
武蔵との出会いから彼是十年になる五平だが、これ程までに上機嫌の武蔵を見たことがない。
「八年だ、八年だぞ。分かるか、五平。富士商会を立ち上げてから、早や八年だ。
感慨深いじゃないか。今まで猪突猛進してきたんだ。突き進んだんだ。
列を作る奴らがいれば蹴散らして先頭にたち、罵声をあびせかける奴らをぼこぼこにして来たんだ」
「そうですな、武さん。今夜は、武さんと呼ばせてもらいます。頑張りましたよ、武さんは」
「何言ってる、五平だって頑張ったじゃないか」
「いやいや、あたしの頑張りなんて。武さんに比べリゃ、屁みたいなもんです。
いつも武さんの後ろに隠れて、小さくなってましたから」
「怒るぞ、五平。俺はお前が居てくれるから、どんな無茶もやってこれたんだ。
それにだ、何といってもGHQだよ。これが、でかい。
物の調達もそうだが、後ろ盾みたいなものじゃないか」
「そう言ってもらえて、あたしも嬉しいです。
あたしなんか、人間じゃありませんから。人です、女衒なんてのは」
畳の一点を見つめたまま、ぐいと飲み干す五平。
「それは言いすぎだ、五平。そこまで卑下することはないだろうが。
そりゃ、褒められたことじゃないにしてもだ。以前にも言ったが、五平のお陰で救われた者が居るだろうが」
空になった茶碗に酒を注ぐ武蔵。
「それに、五平。お前だって、泥水をすすって生きてきたんだ。
お前は男だから女郎なんてものにはならなかったにしろ、似たようなものだろう」
「はぁ、まあ。そうなんですが、そう言われりゃ。口減らしで、奉公に出されました」
「いくつだったんだ?」
「えゝ、まあ。たしか、十いや十一だったですか? そんなものでしたよ。
しかしまあ、あたしとおんなじ境遇の小僧ばっかりでしたよ。みんなして、毎晩泣きましたわ」
「俺なんかも、似たようなもんさ。毎朝とうふ売りに駆り出されたし、夜は夜でお袋の内職の手伝いだ。
で、結局は家を追ん出されてされて、養子だよ。けどまあ、それが良かったかもなあ。
みっちりと商売の基本をたたき込まれたし。しっかし、跡取りの子どもが出来ちまったら、もう厄介もん扱いだ。
だから軍隊に召集された時なんか、腹ん中で万歳してたよ。さすがに皆の前では、かしこまってたがな」
「武さんもですか? あたしもなんですよ。
他の者はね、陰で泣いてたんですがね、あたしは小躍りしましたよ。
これで銀しゃりが食えるかもしれないって」
「まぁな。お互い軍隊じゃ、殴られっぱなしだったけどな。
しかし、戦地にも行かずに済んだし、何より飯がなあ。三度三度食えたってのは、ありがたかった」
「ほんとにですな。ところで、武さん。今夜はえらくご機嫌のようですが、何かありましたか?」
「ふふん」
と、で笑う武蔵二対して「ひょっとして、武さん」。小指を立てて、武蔵の眼前でくるりくるりと回した。
「バッカヤロー! まだだよ、まだ。小夜子は、そんな女じゃねえよ。しかしまあ、なあ」
「そいつは、何よりだ。おめでとうございます!
なるほど、それで祝杯ですか。そいつは、いいや。明日にでも、皆に教えてやりますよ。
いやあ、大騒ぎですよ、きっと」
「いや、待て待て。皆には言うな。
小夜子のお披露目時に、俺から言うよ。案外早く連れて行けそうだ」
武蔵との出会いから彼是十年になる五平だが、これ程までに上機嫌の武蔵を見たことがない。
「八年だ、八年だぞ。分かるか、五平。富士商会を立ち上げてから、早や八年だ。
感慨深いじゃないか。今まで猪突猛進してきたんだ。突き進んだんだ。
列を作る奴らがいれば蹴散らして先頭にたち、罵声をあびせかける奴らをぼこぼこにして来たんだ」
「そうですな、武さん。今夜は、武さんと呼ばせてもらいます。頑張りましたよ、武さんは」
「何言ってる、五平だって頑張ったじゃないか」
「いやいや、あたしの頑張りなんて。武さんに比べリゃ、屁みたいなもんです。
いつも武さんの後ろに隠れて、小さくなってましたから」
「怒るぞ、五平。俺はお前が居てくれるから、どんな無茶もやってこれたんだ。
それにだ、何といってもGHQだよ。これが、でかい。
物の調達もそうだが、後ろ盾みたいなものじゃないか」
「そう言ってもらえて、あたしも嬉しいです。
あたしなんか、人間じゃありませんから。人です、女衒なんてのは」
畳の一点を見つめたまま、ぐいと飲み干す五平。
「それは言いすぎだ、五平。そこまで卑下することはないだろうが。
そりゃ、褒められたことじゃないにしてもだ。以前にも言ったが、五平のお陰で救われた者が居るだろうが」
空になった茶碗に酒を注ぐ武蔵。
「それに、五平。お前だって、泥水をすすって生きてきたんだ。
お前は男だから女郎なんてものにはならなかったにしろ、似たようなものだろう」
「はぁ、まあ。そうなんですが、そう言われりゃ。口減らしで、奉公に出されました」
「いくつだったんだ?」
「えゝ、まあ。たしか、十いや十一だったですか? そんなものでしたよ。
しかしまあ、あたしとおんなじ境遇の小僧ばっかりでしたよ。みんなして、毎晩泣きましたわ」
「俺なんかも、似たようなもんさ。毎朝とうふ売りに駆り出されたし、夜は夜でお袋の内職の手伝いだ。
で、結局は家を追ん出されてされて、養子だよ。けどまあ、それが良かったかもなあ。
みっちりと商売の基本をたたき込まれたし。しっかし、跡取りの子どもが出来ちまったら、もう厄介もん扱いだ。
だから軍隊に召集された時なんか、腹ん中で万歳してたよ。さすがに皆の前では、かしこまってたがな」
「武さんもですか? あたしもなんですよ。
他の者はね、陰で泣いてたんですがね、あたしは小躍りしましたよ。
これで銀しゃりが食えるかもしれないって」
「まぁな。お互い軍隊じゃ、殴られっぱなしだったけどな。
しかし、戦地にも行かずに済んだし、何より飯がなあ。三度三度食えたってのは、ありがたかった」
「ほんとにですな。ところで、武さん。今夜はえらくご機嫌のようですが、何かありましたか?」
「ふふん」
と、で笑う武蔵二対して「ひょっとして、武さん」。小指を立てて、武蔵の眼前でくるりくるりと回した。
「バッカヤロー! まだだよ、まだ。小夜子は、そんな女じゃねえよ。しかしまあ、なあ」
「そいつは、何よりだ。おめでとうございます!
なるほど、それで祝杯ですか。そいつは、いいや。明日にでも、皆に教えてやりますよ。
いやあ、大騒ぎですよ、きっと」
「いや、待て待て。皆には言うな。
小夜子のお披露目時に、俺から言うよ。案外早く連れて行けそうだ」
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