松下の居ない部屋で、ひとり取りのこされたユカリ、これからのことを考えると不安でいっぱいになる。
自殺という文字があたまをかすめた。“あてつけにやってやろうかしら”
しかしそれができない己であることは、ユカリ自身がよく知っている。
感情的になりやすいが、それとてすぐに収まってしまう。
そしてその因を分析しはじめる。
相手に非があってのこともあるが、そのほとんどは己の我がまま、思い過ごし、そして予測ちがいによるものだ。
そうなのだ、この分析ぐせが、ユカリをして突発的、衝動的行動をなかなか取らせないのだ。
「お前ならナンバーワンになれなくても、オンリーワンになれるさ」
なにかの折に、松下がもらしたことばだ。
ユカリが「それって、歌でしょ」とつめよると「ばれたか。でも、ほんとだぞ」と、真顔でいう松下だった。
“戻ろうかしら、また…”。頭によぎったこと、それか早晩そうなりそうな気がしてくるユカリだった。
松下もまたおなじ思いにかられていた。
キャバクラにかよって半年、そして同居生活をふくめてもわずか一年の期間だ。
もともとユカリを指名したのは、ある意図があってのことだった。
女にたいしてさほどの興味をもたない松下ではあった。
性欲がおこれば、その場所に行けばすむ。特定の女性でなければ、という意識はない。
しかし誰でも良かったわけではない。観察力、洞察力のあることが条件だった。
はじめての入店時に、わざとみすぼらしい格好をしたのも、靴だけは高級品にしたのも、そのテストのためだった。
目立たぬ出で立ちでかよい地味な金の使い方をつづける松下に対して、ユカリだけが上客だと判断した。
理由を問いただすと、「靴が高級だもの」とこともなげに言った。
松下の冗談めいた頼みごとを、しっかりとこなしたユカリだった。
その情報で裏が取れたと判断した松下、株において大勝負をかけて大金をせしめた。
なにも知らぬユカリに対し「ユカリが気に入った。パリにでも行くか?」と、ほうびの旅行へと連れだした。
有頂天になったユカリ、ここで大きな勘ちがいをしてしまった。
そしてそれが、いま、ユカリを苦しめることになってしまった。
松下にしてもう)ましさを感じ始めてきていた。「そろそろだな…」。口に出てしまった。
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