(八)
かつての正三は、口下手で、己の思うところの半分、いや十分の一も語れなかった。
時として口篭もってしまい、俯いてしまった。
しかしそれでも、意図することは伝わってきた。
“違う、決して違う。
この男性は、正三さんではない。”
今それぞれに、互いの知る相手ではないと感じた。
小夜子、正三共に、互いが思うふたりとはまったく異質な二人になったと気付いた。
「素敵な殿方だこと、惚れ々々してしまうわ。」
「ご令嬢も美しいわ、うっとりしそうよ。」
「まあ、お似合いのお二人だこと。」
「ほんとに。美男美女とは、このお二人のことね。」
そこかしこから洩れる、ため息と賛辞。
二人の耳にも届いている。
しかしもう、ただ漂うだけのものだった。
二人の耳に入ることなく、そのまま通り過ぎていく。
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