昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](七十二)

2016-07-10 11:05:53 | 小説
 ミドリのホステス生活が始まった。
当然の事ながら、男は猛反対した。
夜間の道路工事をしてでも、生計を立てると言った。

しかし、ミドリは頑として譲らなかった。
「そんなことだけはやめてください。貴方にふさわしい仕事が、きっと見つかるから」

  男にしても、そこまでの覚悟は正直のところはなかった。
唯、ミドリをそこまで追い込んでしまった自分が情けなかった。

ミドリにしてみれば、男の為というよりはかつての恋人麗子への対抗心からだった。
何としても、以前のエリート社員に戻したかったのだ。

 その夜、二人は激しく言い争った。
これ程に長く話し合ったことはなかった。

どこかよそよそしかった二人が初めて向き合った。
ミドリの号泣につられて、男も泣いた。
泣きながら二人はしっかりと、お互いを抱き合った。
 
 ヒモ同然の生活は、男にとってまさに地獄だった。
相変わらず、就職先は決まらず、「ゆっくり探して」という、ミドリの言葉が男に突き刺さっていた。
そしてその苦しさから逃れようと、毎夜、男は酒に救いを求めた。

時には酒乱状態に陥り、ミドリをなじり始めた。
見も知らぬ男たちの、慰み者になっているミドリを思うと、胸が張り裂ける毎日だった。

 愛してやることが、俺に出来る唯一のことだと言い聞かせた。
そしてそう勤めようとすればする程、ヒモ同然の己が腹立たしく、苛立つ毎日だった。

毎夜の如くにミドリの体を求めはしたものの、酒浸りの男ではままならなかった。
そしてその事が、また男を苛立たせた。


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