昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (七) 嗚咽が部屋に響いた

2015-01-01 13:46:11 | 小説
その鋭い語気に、彼は一瞬たじろいだ。
貴子はすぐさま起きあがると、ブラウスの乱れを整えながら
「ごめんなさい、やっぱりだめだわ。ホントに、ごめんなさい」
と、涙声になった。

「いや、いいんだ。いいんだ」
彼はベッドの上に大の字に寝そべりながら、不機嫌に答えた。
貴子の目から涙が溢れ出し、嗚咽が部屋に響いた。
貴子は、己が恨めしく思えた。

「こんなに好きなのに。武士さんにだったら、抱かれてもいいのに。どうして…自分が恨めしい…」
貴子の口から出る言葉に嘘はないように、彼には思えた。
しかし、貴子は拒否してくる。
彼には、どうしても理解できなかった。

「なにか、あったんだね。話してくれない?」
彼は、思い切って貴子に問い質した。
隠し通す積もりだった貴子だったが、意を決して話し始めた。

「実は…。色々悩み事を抱えていた時に、ある男性とお付き合いを始めたの。
親身になって、相談に乗ってくれて、恋愛関係に発展して…。
でもその男性は、別にお付き合いをしている女性が居たのね。
ひどいことに、赤ちゃんが出来たから、と捨てるような男性だったの。
私のことも、好きというよりはセックスの対象としてしか、考えていなかったようなの。
いいえ、最後の一線は越えなかったわ。
好きだったけど、初めてのことで不安な気持ちが強かったの。
でも、逢う度に求められて。彼、結局、その女性の元に戻って行ったの。
それが、すっごくショックで。
それ以来、男性とはお付き合いしていないの。
武士さんが、二人目なのよ。ホントよ、本当よ」

泣きじゃくりながらも、貴子は一気に話し終えた。
彼はすぐに体を起こすと、
「そうだったんだ。ごめんね、ごめんね。そんな事があった貴子さんだったのに」
と、優しく声をかけた。

しかし、彼にしてもその男と同類である。
好きではあるが、将来を考えるまでには至っていない。
彼にしてみれば、好きあった同士の当然の行為だと考えていたし、“恋人なら当たり前のこと”と考えていた。
“潔癖性なんだろうか”彼の心の片隅に、冷めた目で見ている男が現れた。
清純で無垢な貴子に好意を抱いてはずの彼だったが、己の身勝手さに気付かない、まだ若い彼だった。


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