(四十九)
一つ、ブティックの事で言い忘れていました。大事なことです。
商品構成が、とても少ないらしいです。そして商品の大半が、ウィンドウに飾られているとか。
お店も広くありません。少人数のお客さんでも、ごった返し状態になるとか。
まあ、ないとは思いますが、万引きをされても対処できないのかもしれませんね。
ですので、店内での物色は厳禁だとか。
ウィンドウで品定めをして、「これください」といった調子らしいですよ。
添乗員さんの言葉を思い出しました。でも、なんでわたしに教えてくれたのでしょう?
ブティックになんか行く顔、してませんよ、わたし。
えっ? プレゼントして欲しかったの? 添乗員さん。
なんだ、そうならそうと、はっきりくっきり言ってくれなくちゃ。いけずぅ!
情けないです、はい。コンシェルジェリ、結局、パスしました。
小一時間の散歩(?)で、これほど疲れるとは。
元気凜々で、十分な体力回復がなったと思ったのですが、どうにも……。
ウィンドウの中の品定めに、ちぃとばかし疲れたようで。
色々と妄想を巡らせし過ぎましたかな。小説のネタ探し的なところも……
あの節などは、そのまま小説としてしまってもいいような……
あ、決して、作り話ではありませんぞ!
間違いなく、あのような洋服が並んでいたのですから。
写真を撮るのは、ちと憚られますしね。
フランス語が話せれば、オーナーとお話をしつつの撮影もあり得ましたが。
そうそう、コンシェルジェリです。
実のところは、行きたくなくなったのです。
アントワネット妃が最期を送られた牢獄など、見たくなくなったのです。
自分の好きな女性(ひと)が苦しんだ場所など、あなた、見たいですか?
「小説にするのなら、事実確認はしなければ」
痛いところを突きますね。確かに、それも一理あります。
でもわたしは、そこのところに触れるつもりはありませんのです。
そしてまた、ひょっとすると、[アントワネットに恋した男]そのそものが、大幅に遅れるかもしれんのです。
悪い癖です、わたしの。新しい構想が浮かびまして、そちらの方に……
加藤登紀子さんが悪いのです! 彼女が、[百万本の薔薇]などというシャンソンを聴かせるからいかんのです。
いやその前に、ムーラン・ルージュにおいて、シャンソンを堪能させてくれなかったら、だから、帰国してから猛烈にシャンソンを聴きたくなり、越路吹雪さま、岸洋子さま、そしておときさんこと加藤登紀子さんの楽曲を聴いたのです。
[ラストダンスは私と][ろくでなし][希望][愛の賛歌]そしてそして[百万本の薔薇]
しびれました、ほんとに。実に、良い!
胸が締め付けられる思いでした。
貧乏な絵描きが全財産をなげうって、女優のために薔薇を買い求めたというのに。
部屋の前の広場に、その薔薇を敷き詰めたというのに。
どんな思いで敷き詰めたことだろうか。
一本一本を、女優への愛を口にしながら、熱い熱いベーゼを夢見ながら敷き詰めたろうに。
あろうことか、金持ちの道楽だと勘違いしてしまうとは。ふざけてる、と思うとは。
あぁ、なんと、人生の無常なことよ! 神の無慈悲なことよ!
待て待て、どうして絵描きは、自分だと名乗らない?
一文無しになってしまったゆえか? 愛のために、全財産をなげうってしまったゆえか?
彼のロートレックも、ムーラン・ルージュの一人の踊り子に入れあげてしまったと言う。
毎夜毎夜、足繁く通ったという。
[百万本の薔薇]
小説にしよう。現代版の、[百万本の薔薇]を書こうじゃないか。
貧乏な絵描き、格差社会における貧乏人。
派遣社員として、将来(さき)の見通せない青年が、フラメンコダンサーに恋をしてしまった。
仇役は、当然に金持ちだ。
一瞬の判断で損得の決まる、投資の世界に居るデイトレーダー。
そしてそして……これ以上は、内緒!
どちらが、彼女の愛を勝ち取るのか。そしてまた、百万本の薔薇がどう絡むのか。
むふふ……、意欲が湧いてきた。けれども、その前に、この旅日記を終わらせねば。
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