昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(八十八) 武蔵のエスコートよろしく

2014-05-25 13:40:21 | 小説
(一)

それ以来、積極的に動き回る小夜子だった。
武蔵のエスコートよろしく、仕入れ関係の取り引き先を中心に丹念に訪れた。

初めの内こそ気恥ずかしさに俯きかげんな小夜子だったが、三社目辺りになると堂々としたものだった。
しっかりと正面を見つめて、相手の挨拶を待つ余裕さえ見せた。

武蔵が相手に頭を下げても、相手が満面に笑みを湛えて手を差し出すまでは、
傲慢とでもいうべき態度を取りつづけた。

「華族のご出身なのか?」などという話が飛び交うほどだった。
それについて、武蔵が肯定も否定もしないものだから、信憑性が高まるばかりだった。

仕入れ関係に偏る小夜子の動向に、社内から不平不満が出始めた。

「販売先には、社長、連れていってくれないのか?」
「やいのやいのって、せっつかれてるんだよな」
「連れてくるまで、取り引き停止だ、なんて冗談にも言って欲しくないんだな」

月一の社長訓示が、始まった。
「商売をするに当たって、得意先は大事だ。

しかし、より大切にしなくちゃいかんのは、仕入先との関係だ。
良いものが回ってくるように、日ごろから良好な関係を保たなくちゃな」

武蔵の持論が、改めて社員全員に披露された。

「いいか! 肝に銘じておけよ。会社で一番偉いのは、誰だ? 
勿論、俺だ。社長たる、俺だ! 

しかし、その社長に頭を下げさせる奴がいる。
そう! 誰あろう、小夜子だ。こいつには、俺も叶わん。

ひと度、泣かれてみろ。それはもう、この世の終わりかと思えるほどだぞ。
大声じゃないんだ、しくしくでもない。

じっと、恨めしげに見られるんだ。
で、負けてしまう。笑顔欲しさにな」


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