大学内だけのことではありませんで、坂田善三さまがよくご存じの会合においても、理論をお教えになられているとか。
アジ演説の原稿なども三郎さまのお手になるものですのよ。
とにかく、たくさんの方たちから頼りにされているので時間がいくらあっても足りない、といつもこぼされています。
なのに、こんなわたくしのために時間を割いていただけるのですから、ほんとうに感謝のことばしかありません。
三郎さまにはじめてお目にかかったのは、もう十月に入ったというのにすこし動いただけで汗ばむほどの日でございました。
いつものように三人組での下校途中のことでした。
とつぜんに一子さんがおっしゃるのです。
「みなさま方。すこし涼んでいきませんこと?
こんなに暑い中を歩きづめで、どちらかがお倒れになられては大変です。
あそこの神社でひと休みいたしましょうよ」
たしかに夏の日差しのように感じられました。
衣替えを済ませたばかりでもう秋物のお洋服ですので、しっかりと汗をかいております。
すこし歩きませんこと、という一子さんのご提案でしたが、やはりすぐにバスに乗って帰りを急ぐべきだったかと後悔の念がわいてきているときでした。
貴子さまが
「そうですね。たくさんの樹木があるようですから、日陰だと涼めそうですわね」と、賛成されます。
おふたりにそうおっしゃられては、わたくしが異を唱えることもできません。
軽くうなずいて賛意をしめすはめに。
そうしましたら、また一子さんが大胆なことを。
「あそこの駄菓子屋さんで、ラムネを買いません?
冷たくてシュワーっとあわが弾けて、ほんとにおいしいんですから」
わたくしと貴子さんは、ただただ目を丸くするだけでした。
買い食いなど、お外でお菓子を食するなど、ありえないことです。
大人たちはけっして許してくれません。
ああ、お祭りだけは別でしたね。
神社の境内にずらりと並んだ露店からただよってくる種々雑多なにおい、思いだしただけでもわくわくします。
貴子さんは、でも……と口ごもられましたが、わたくしはつい、「いただきたいですわ!」と、大きな声を出してしまいました。
店の外の子どもたちはもちろん、中にはいりこんでいた子どもたちも、わざわざ外にでてきてわたくしたちを見ます。
往来をあるく人たちの視線がいたく、もう恥ずかしいったらありません。
顔はもちろんのこと耳たぶまで真っ赤にしていたのではと思います。
わたくしだけでなく、おふたりも顔を赤らめていらっしゃいました。
「それじゃ決まりね。貴子さん。あなたもいただいてくださいね。
あたくしたち三人は、『おなじ考えを持ち、おなじ行動をとる』と、お約束しましたものね。
それじゃ行きましょ。本日はあたくしがご馳走するということで」
一子さんが胸を反らせておっしゃいます。
「あらあら。ラムネごときで感謝しなければなりませんの?」と、わたくしが言いますと
「ほんとですわ。これなら毎日でもお願いしたいですわ」と、貴子さんがおっしゃられ、三人で大笑いをしました。しましたが、またそのことで周囲から冷たいしせんを浴びることに。
ほんとに若いころというのは、はしが転んでもおかしいという時期ですから。
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