昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (五) 母より

2014-10-27 08:57:50 | 小説
どうしていますか? 大学生活は楽しいですか? 
ちっとも貴方からのお手紙がないので、 お母さんは心配しています。
便りがないのは無事な証拠、などとは言わないでください。

お正月も帰省しなかったでしょ。貴方のことですから、大丈夫だとは思いますが。
お祖父様も大変心配しています。アルバイトにかまけて、勉学を疎かにしないようにね。
一度帰っていらっしゃいな。

寮を出てアパート住まいをしたいとの希望は、まだ持っているのですか? 
お祖父様は反対していますが、どうしても、と言うのならばお母様が説得してみますけれど。

そのこともありますから、是非春休みの内に、帰っていらっしゃい。
貴方の顔を見れば、お祖父様も案外許してくださるかもしれませんお。
お母さんも、是非会いたいです。               母より

流れるような筆文字だった。
久しぶりに読む母からの手紙は、彼の心にこみ上げるものを誘った。

”帰ってみようか…”

大学に入って以来、一度も帰省していなかった。
茂作の束縛から逃げ出し得た歓びを満喫していた。

大学での講義は、期待していた事とはほど遠いものではあった。
熱の入った議論が戦わされるものだと考えていたが、一方的に教授の声が届くだけだった。
学生側から質問をすることもなく、教授からの問いかけもない。
学生達の私語があっても何ら気にとめる様子もなく、ただ淡々と教授の棒読みの声が教室に響いた。

数百人は入ろうかという、だだっ広い教室だった。
学生達の間で暗黙の了解とでもいうべき、席割りがあった。
前列と後列に別れ、前列には授業に聞き入る者が陣取っていた。
後列には、出席したものの授業を受ける気のない者が陣取った。
豪の者は、出欠の確認後にこの教室を後にしていた。


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