「だから、久しぶりの配達はどうだったの? って、聞いてるの」
焦れったさを感じつつ、貴子は問いかけ直した。
貴子にしてみれば、彼との共通の話題といえばその事しかなかったのだ。
“そう言えば、私、彼のことは何も知らないのね。好きなスポーツ・映画・歌とか、なんにも”
少し淋しくもあったが、交際を始めて未だ間がないのだ。
仕方のないこと、と思い直した。
そして、“これからよ、これから色んなことを知るの。色んな所へ行って、色んな物を見て”と、自分を慰めた。
「どうだったと、言われてもなあ。まぁ、久しぶりのことだったから、疲れたって所かなあ」
彼には、返答のしようがなかった。とりたてての事もなかったのだ。
心配した麗子との遭遇も、配達先での受け取りが完了したことで、彼の不安も危惧に終わった。
ホッとした反面、少し残念な気にもなった彼だった。
“今の俺を見たら、麗子さんは何て言うだろう?
『今の貴男は、ホントの貴男じゃない!』なあんて、言われたりして”
「どうしたの? 何を、にやついてるのよ。うーん、怪しいなあ。
こらっ! ホントの事を言いなさい。良いことがあったんでしょ!」
貴子は、そんな言葉を投げかけながら、彼の腕を思いっきり抓った。
「痛っ! 痛いよお。勘弁してよ、何もなかったって」
彼の叫び声に、周囲の視線が一斉に二人に注がれた。
貴子は、恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら
「ごめんね。少し力を入れ過ぎたかしら」
と、囁くように言った。
「貴子さんって、意外に力があるんだね。ビックリだ」
と、彼もまた、小声で答えた。
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