孝男のつとめる銀行においても、上司からの叱責に給湯室にかけこむ女子行員がいる。
男子行員のほとんどが、その上司にたいして「そこまで言わなくても」といった顔を見せる。
しかし孝男はそう思わない。
どころか心内で、泣くぐらいなら手を出すなよ、と思う。
己の能力以上のことに手を出して、結果失敗したとなれば叱責を受けて当然だ。
過信は慢心だ、と思う。
取引企業についても同じことを思っている。
この不況のさなか、運転資金の追加融資を声高にせまる企業が増えている。
本店での支店長研修時には、社会貢献をと口すっぱく言われる。
他行が手をひいた企業でも、大化けすることもあるのだからと熱弁をふるう講師がいる。
しかしその結果責任は、すべて現場の支店長にかかってくる。
大口融資で本店の許可が下りたとしても、結果責任は支店長ということだ。
支店長である孝男は、お客さまは大切にと、朝礼では訓示する。
しかし朝礼の訓示など建前に過ぎない。
本音では“危ない会社からは手を引け”そして“弱き者は市場から去れ”と思っている。
奥の部屋のドアがひらき、肩をポンポンとたたかれながら、次男(ツグオ)が出てきた。
口を真一文字にむすんだその顔からは、なんの表情もよみとれない。
孝男に気づいた次男だが、悪びれるふうもなくそっぽを向いた。
とたんに、孝男に怒りの思いがわいた。
“そもそもツグオは、なんで老人に暴行をはたらいたんだ。
ほのかのつとめる介護施設だと言うが、なにがあったんだ。
だいいち、ほのかさんに対するわたしの気持ちと、今回のツグオのことと、どんな関係があるんだ”
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