昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (十六)翌朝、カーテンの隙間からの

2025-03-07 08:00:08 | 物語り

 翌朝、カーテンの隙間からのつよい光に男は目がさめた。
台所の方からハミングが聞こえる。
男はベッドの中で腹ばいになると、タバコに火をつけた。
〝こういうのも良いもんだな〟と、昨夜とはうって変わり
〝幸せにしてやらなくては〟と思いはじめた。


「あなた、起きてよ。朝食の用意できたわよ」
 あなた。名前ではなく、あなた。
明るさの中にも、恥じらいのある声だった。
きのうまでの傲慢な麗子ではなかった。
新妻の色香がただよっているように思えた。


「結局のところ、女は男しだいか……」。
ひと晩のことで、これ程に違うものかと驚かされた。
「えっ、なーに?」
「いや、いま起きるよ」
 すこし薄目のコーヒーには、砂糖がなかった。
「太るから、ね」と麗子が囁くように答えた。
男は身ぶるいした。


〝うーん、いい。いいなあ、この感じ〟と、まさに幸せ心地に酔った。
「うまいよ!」
 偶然に視線があったそのときに気がついた。
麗子の瞳がこころなしか、潤んでいるように思えた。
そしてその妖しい光に、また色香を感じた。


「麗子、……」男は、目で誘った。
「えっ、朝よ、もう」と言いつつも、うわめ遣いで麗子は男のそばににじり寄った。
もう昨夜の麗子ではなかった。
積極的に男をもとめてくる、男がたじろぐほどだった。
〝はじめてだったのか?〟。男に疑念をいだかせるほどだった。

昨夜の疑念がよみがえる。
〝やはりほかの男と……〟。しかし証しはあった。
たしかに男がはじめてだったのだ。
 疑念の雲がモクモクとわいてくる。
〝麗子をほっておく男がいるわけない〟
しかしもうどうでもいい、そんなことは。
麗子のからだに沈みこんでいく己を、もう止めることはできなかった。



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