昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

日光・東北旅行、そして東京へ。 [6月11日~6月13日](二十)

2021-03-28 08:00:08 | お出かけ
ガイドさんと別れたのが、13時少し前でした。
「50分ほどです」と言われたけれども、ぴったりの時間でしたね。
「さすがプロ。時間配分が素晴らしい!」ですわ。

その後にもう一度縄文の世に戻って、写真をパチリパチリ。
余計な人物が入り込んでいますが、確かに縄文の世に入り込んだのだと言いたいがための、証拠作りのようなものです。
わたしのツアーなんですから。
なんて御託を並べるくせに、日光東照宮では一枚も撮らずとは、これ如何に? 
前回にたっぷり撮ったから、などと己に言い訳をしたけれども、実はバスに置いてきたバッグの中にしまい込んでいたからー要するに忘れただけの話。
でも、「雨の中では良い写真は撮れなかったさ」と、己を慰めました。

現代に戻ったのが14時でしたから、1時間ほどうろついたことになりますか。
先日に縄文女性のおしゃれ度をお話ししましたが、生活様式の説明などもしっかりとお勉強できました。
自分を縄文の世に置いてみることが、再度申しますがしっかりとできました。
結論!! 「家族を養うこと能わず」のような気が。
その前に、家族を持つという能動的な考えが持てたかどうか……。

縄文人として動けたかどうか、いやいや案外に周囲の支えで以て、その時代に溶け込んだかも、な。
なにせ人口が少ないのだから、のほほんとしていられるわけもないか。
いや待て。赤児の折に夭折していたかも、な。
素晴らしきかな! 縄文時代。
豊かな文化を育んだ縄文時代。豊かな文明を成し遂げた現代。
残念なのは、縄文人が直接の先祖ではないということ。
弥生人が日本人のルーツらしいけれども、戦の世に繋がってしまった。
とどのつまりが、所有欲ということか。

ということで、虚ろいから離れて、いざいざ[相田みつをワールド]へ。
9:45、カフェオレを飲み終えて、案内板で再度の確認へ。
地下1階にあると言うことは分かったけれども、ビル内に入るもそれらしきものなし。
ここまで順調に来たというのに、最後の最後になって迷子?
ビルから出てキョロキョロすると、インフォメーションコーナーを発見。


フロアマップ


 インフォ・コーナー
そこに妙齢の女性発見です。早速に問いかけましたよ。
「エスカレーターで下へ下りて頂きまして、直進して頂ければございます」。
やや低音ながらも、明瞭な響きでしたぞ。
「どうもありがとう」と、キャップを取ってお辞儀です。
頭頂部が禿げ上がってはいないはずなので、キチンとです。
この辺りは、杉下右京の影響ですわ。

下りきりますと、ああ見えてきました。
openは、10時とあります。10分ほどのことだからと、革製のベンチに座り、しばし待つことに。


相田みつを美術館前のベンチ

大きなガラス板があり、その一枚に館名が書かれてあります。
4枚ありましてね、その内の2枚は透明ガラスです。
中では、これまた妙齢の女性が準備中のようです。
お出迎えはあの方のようですな。

さあさあ、時間となりました。入館しましょうか。
銀行から、わたしの誕生日プレゼントとしてグッズが送られてきたんですが、大ファンだという息子に渡しました。
「『宝にする』と言っています」と、息子のお嫁さんから手紙をもらいました。
また何か買いましょうかね。


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