昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (九)  デパートでのアルバイトを辞めて

2015-01-19 08:45:08 | 小説
近年にない猛暑に悩まされ続けた夏も終わり、デパートでのアルバイトを辞めてからほぼ一ヶ月が経った。すぐに見つかるだろうと思っていた家庭起教師のバイトも、条件が合わずに決まらずにいた。
“デパートのバイトを辞めたのは早計だったか…”
半ば後悔の気持ちが湧きはしたが、すぐに“いや、これで良かったんだ”と思い直した。

年にない猛暑に悩まされ続けた夏も終わり、デパートでのアルバイトを辞めてからほぼ一ヶ月が経った。
「中元の配達の目処が経つまで」との約束が済んだ頃には、七月も数日を残すだけとなっていた。

井上に、家庭の事情で辞めざるをえないと伝えた折に引き留めにあったが、彼はただ頭を下げるだけだった。

「卒業後には、内のデパートの正社員になってもらうから」
という誘いに対しても、
「ありがとうございます。こんな僕に対し、そこまで。お心遣いを無にして申し訳ありません」
と、答えた。

「次のアルバイトは決まったのか? それまで続けたらどうだい」
「いえ、未だです。家庭教師をやろうかとは、思ってるんですが。友人の伝で、探していますので」
井上はタバコをくゆらせながら、残念そうに話を続けた。
「惜しいなあ、まったく。何が不満? やっぱり時給かい?」
「正直のところ、あります。祖父のこともあり、母親に負担をかけたくないんです。できれば続けたいとは思うんですが」

デパート内の喫茶室で一時間近く話し込んだ後、井上から思いも寄らぬ言葉が発せられた。
「どうだい。今夜、空いてないかな? 送別会をやろうじゃないか、二人で。実は、ユミに頼まれてるんだよ」
「ユミさん、ですか…」
彼は、あの甘美な夜のことを思い出した。

あれ以来一度も足を運ばずにいたが今でも鮮明に覚えていた。
“分不相応な遊びなんだ”と、己に言い聞かせていた。
「逢いたがっているんだよ、ホントに。一人で行くと、いつもブーイングなんだ。

よし、決まった。七時、いや七時半だな。僕の所に来てくれ、待ってるから」
彼の返事も聞かずに、井上は立ち上がった。
有無を言わせぬ、業務命令の如き言葉だった。


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