昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

にあんちゃん ~介護施設で働き出した~ (十七)

2016-02-12 14:52:38 | 小説
 桜が満開の時期となった。

 老人介護施設での介護士として一歩を踏み出したほのかだが、己の甘い考えを打ちのめされる事態に早くも追い込まれてしまった。
 ロックのかかったドアの前でじっと佇む老婆を、ほのかが見つけた。

「どうしたの、松木さん」
「ようじがあるから外にだして」

 手を合わせて懇願してきた。
そういえば先ほど他の職員にもそう言ってたわねと、思い出した。

「だめだめ! 外には出られないの」
 と、邪険に手を振られていた。
優しく接することとされてはいるが、中堅職員らは守っていない。

「ごめんね、松木さん。あたしもね、開け方を知らないのよ。今度聞いておくね」
「ほんとに役にたたない子だよ!」
 唾を吐きかけんばかりの辛辣な言葉を投げ付けた老婆が、次の瞬間には
「おねがいだよ、ここから出しておくれな」
 と懇願する。
あまりの豹変ぶりにほのかは対応できない。

通りかかったベテラン職員が、
「そうなの、用事があるの。分かったわ、連絡してあげるからね」
 と、老婆をなだめながら連れ去った。
ほっとしたのも束の間、また声がかかる。

「最近家族が来てくれないけど、何かあったんじゃないかないだろうかねえ。
息子はね、良い子なんだよ。
でもねえ、嫁女がねえ、底意地の悪い女でねえ…」

「そんなことないですよ。きっとね、お仕事が忙しいからですよ」
「でもねえ、昔はねえ…」
「今度、息子さんに連絡してみますね」

 先輩職員たちの返答を真似るほのかだったが、老婆の本心がつかめていない。
話を聞いてくれない職員たちであっても、腹を立てることが許されない入所者なのだ。
愚痴話を仲間内でしあっては、互いを慰め合うだけの入所者なのだ。

「あたしもねえ、そうは思うんだけどねえ…」
と、話が途切れることなく続いていく。

「鈴木さん。まだ新人だからと大目に見てたけど、少し要領が悪いわね。
もう少し手早く処理しないとね。他の職員の負担が増えるばかりだから」
 帰り際に、主任介護士に注意を受けてしまった。


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