「社長。やっぱり、首切りはすべきだったんですよ。
不幸中の幸いというか、今回の社長の入院でとりあえず落ち着きはしましたがね。
結果的に6人が辞めましたが、本音の部分では辞めたくなかったようです。
実家に連れ戻された娘やら、親の商売を継ぐということで辞めた者、あとはやっぱり家計が持たないということでした。
持ち直したら再雇用して欲しいなんて言う奴もいましたがね」
「そうか、そういう気持ちか。嬉しいことを言ってくれる。
しかし一旦辞めた奴を雇い直すことはしないぞ。
それを許してしまったら、残った奴らに申し訳がない。
はっきり言って、富士商会を見捨てた奴らだからな。
しかし、残念だよ。賃金の遅配やら欠配やらの事態にまで追い込まれた、いや追い込んだのは俺だ。
申し訳ない気持ちだ。社員は家族も同然だからな。
家族ってのは、家長がしっかりと守ってやるべきだ。
たとえ相手を殺してでも、食い扶持は持ってくるもんだ」
思わず男泣きをする五平だった。女衒時代の己の苦衷を思い出した。
「その通りだ。ひょっとしてタケさんもそんな境遇だったんじゃないですかい。
親父の稼ぎが悪くて、母親すらも土方に出る始末でした。
あたしだって、十歳になったとたんに丁稚奉公をさせられた。
姉がいたんですが、お察しのとおりです。まだ十五にもなっていないのに、嫁がされた。
口減らしみたいもんです。いやもっとひどいかも。
売られたも同然ですからね。そいつがまた、ひでえ男でしてね。
親をだまくらかしやがって、売っ払ちまいやがった。
で、一年と持たずに病気をもらっちまって、実家にも帰れずに滝に身投げしてしまいました。
亡がらも見つからずですわ」
憤懣やるかたないと表情をしながら、ぐっと拳を握りしめた。
「あたしがもう少し大きかったら……」。
その後は口をつぐんでしまったが、その後に続く言葉は即座に理解した。
「そうか、それで女衒になったのか」
「ええ。変な話ですが、姉みたいに奈落に落ちることのないようにと、あたしなりに気を遣いました。
自慢できることじゃないですがね、まあ、娘たちには感謝されました。
親にはだめですがね。あたしをぼろくそに罵ることで、罪悪感を隠したんでしょう
。自分をごまかしたんでしょう。ま、それはそれで良いんですがね」
「いいことなんか、あるもんか! 他人に怒りをぶつけるなんて、最低だぜ。
甲斐性なしなんてのは、大概がそんな奴ばかりだろうさ。
俺の親だって、似たようなもんだったよ。まあ、人の好さだけが取り柄だった。
が、それが裏目に出たというか。
ご先祖さまから受け継いだ田畑を、親戚連中にいいようにされて。
中でも一人、業突く張りが居やがって。畑はおろか、家まで取られちまったよ」
意外なことに、武蔵の表情は笑っていた。
怒りを隠してのことではなく、自嘲気味でもなく心底から笑っていた。
「良い勉強をさせてもらったよ。
親父は反面教師で、あの従兄は、俺の先生さまだ。
あの方をじっくりと観察することで、いろいろと勉強させてもらったからな」
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