山肌では四月の上旬には桜が満開となり、ドライブウエイに桜のトンネルをつくりだすが、いまは終わりを告げている。
緑の濃くなった中で、カリフラワー状のモコモコした樹木――岐阜市の木として指定されている金色の花を咲かせたツブラジイの木が郡立している。
古代においてはツブラジイの果実であるどんぐりが、そのアクの少なさから貴重な食料とされていた。
縄文遺跡からも出土している。
「うわあ! プードルみたい」と貴子が言えば「マシュマロですよ、食べたあい」と、口数の少なかった真理子が応じた。
ルームミラーから見える真理子の目がキラキラと輝いて見える。
窓から身を乗り出しそうな勢いでガラス面におでこを付けている。
2ドアの商用車であることが残念といった表情もまた見せていた。
助手席の貴子も気づいているようで、ご機嫌みたいよと彼に目配せをした。
山の中腹を過ぎて樹木の間から市街地が見えはじめると、そろそろ山頂に着く。
「あまり飛ばさないでね、ヒヤヒヤしたわ。
さっき、カーブに差し掛かった時なんか、もう少しでガードレールに当たるところだったわよ。
ホント、生きた心地がしなかったわ。ねえ、真理子ちゃん」
身振り手振りで後ろの真理子に話しかけ、同意を求めていた。
真理子は、さ程に感じていないようだったが「ええ、そうですね」と、短く答えていた。
たしかに、助手席では恐怖心が倍加されるだろう。
そう言えば、途中から貴子のおしゃべりが止まっていた。
「ハイハイ、分かりました。どうせ、上り坂ではスピードは出ません。ご安心下さい」
3人乗りの状態では、速度を上げたくとも上がらない。ギアはセカンドのままでアクセルを目一杯に踏みこんでいる。
エンジンの苦しむ声を聞きながら、(がんばってくれ)と祈るだけだ。
車はそんな彼の思いになんとか応えようと、坂を駆け上がっていく。
突然に前を走る普通車が減速した。
ブレーキランプが点いたわけではなく、ただ速度が落ちただけだ。
さほどに車間距離をとることなく走っていたために、急ブレーキをかける事態になってしまった。
その車の前方にまで気を配って運転している彼には減速する理由が分からない。
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