(一)
怪しかった曇り空からぽつりぽつりと雨粒が落ち始めたのは、小夜子が駅の改札を出た頃だった。
着物類の大荷物は武蔵が持ち帰ってくれたものの、小夜子の母親澄江の思い出の品で、また膨らんでしまった。
粗末なものではあったが、澄江の衣類を見ている内に、どうしても持ち帰りたくなってしまった。
中でもどうしてもと思ったのは、安物の手鏡だった。
他人から見ればガラクタであるが、小夜子と澄江の会話時にはどうしても欠かせないものだった。
面と向かって話すことを禁じられた小夜子、床に伏せったままの澄江、手鏡を上にかざしての会話だった。
痩せ細った腕で差し上げられた手鏡。
すぐにぶるぶると震えて、澄江の顔が歪んでしまう。
まるで波紋が広がる水鏡だ。
そしてすぐに、ぱたりと落ちてしまうのが常だった。
小物入れ一つで帰る筈だった小夜子。
およそ似つかわしくない大型のリュックサックが、加わった。
汽車に乗るまでは、荷物棚に乗せるまでは、茂作の手助けがあった。
小夜子の心に、満足感が広がっていた。
しかし降りる段になって、後悔の念に襲われた。
“今度にすれば良かったかしら。武蔵に持たせれば良かったのよ。
でも今さらどうしようもないし…”
怪しかった曇り空からぽつりぽつりと雨粒が落ち始めたのは、小夜子が駅の改札を出た頃だった。
着物類の大荷物は武蔵が持ち帰ってくれたものの、小夜子の母親澄江の思い出の品で、また膨らんでしまった。
粗末なものではあったが、澄江の衣類を見ている内に、どうしても持ち帰りたくなってしまった。
中でもどうしてもと思ったのは、安物の手鏡だった。
他人から見ればガラクタであるが、小夜子と澄江の会話時にはどうしても欠かせないものだった。
面と向かって話すことを禁じられた小夜子、床に伏せったままの澄江、手鏡を上にかざしての会話だった。
痩せ細った腕で差し上げられた手鏡。
すぐにぶるぶると震えて、澄江の顔が歪んでしまう。
まるで波紋が広がる水鏡だ。
そしてすぐに、ぱたりと落ちてしまうのが常だった。
小物入れ一つで帰る筈だった小夜子。
およそ似つかわしくない大型のリュックサックが、加わった。
汽車に乗るまでは、荷物棚に乗せるまでは、茂作の手助けがあった。
小夜子の心に、満足感が広がっていた。
しかし降りる段になって、後悔の念に襲われた。
“今度にすれば良かったかしら。武蔵に持たせれば良かったのよ。
でも今さらどうしようもないし…”
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