俯いて、か細い声で、話すべきかどうかを迷いつつといった風に、首をかしげつつ話し始めた。
「あの、小夜子おくさま?
そのお話を旦那さまからお聞きしたとき、ほんとのところ、変だな? と思いました。
『千勢はどう思う。嫁入り前の娘として、正直に答えてくれ。
俺は嫌われていると思うか?』って、聞かれました。
でそのときに、“なんて高慢ちきな女なんだろう! この旦那さまに不平不満を持つなんて、絶対におかしい”と思ったんです。
もうしわけありません、失礼なことを言いまして」
頭を畳にこすりつけて、「どうぞお叱りにならないでください」とばかりに、体を縮めた。
「いいのよ、千勢。で、他には?」
小夜子の口から出た優しいことばと、やさしく微笑む表情に、武蔵が「観音さまだ」と嬉しそうに言った折の顔を思い出して納得する千勢だった。
「はい。ほかの男性とおやくそくをしてらしたんですよね。
それで、ア、なんとかと言うモデルさんともおやくそくを。
ふしぎな気がしてました。少し、キじるしでも入ってるのかしら? なんて、そんな失礼なことも考えたりしました」
「そう、そうなの。外国語を話す通訳さんにね、言われたのよ。
『優しい男性だったら、そのくらいの我がままは聞いてくれるわよ』なんてね。
いま思えば、アーシアのご機嫌取りのための方便だったのよね。
フツウならば、そんなこと、信じないわよ。
あのときは、あたしも舞い上がってたからし、まだ子どもだったのね、あたしも。
世間知らずの小娘よ。でもそれが可能なことのように思えてたのよ。
この世はあたしを中心に回ってる!なんて」
目を大きく見開いて「でも、旦那さまとごいっしょになられて良かったです」と、しっかりとした口調で、大きく頷いた。
「そうね、そうだと良いわね」
「ぜったいです、ぜったい良かったです」
目を輝かせ、鼻を膨らませて強調する千勢。そんな千勢を見ていると、小夜子もまた“これで良かったのよ”と安堵の心が湧いてきた。
「それで奥さま。かんげい会のほうは、どうなったのですか? どんなでした?」
なにやら聞き出したいことがあるのに、中々切り出せないというもどかしさが、千勢の顔に表れている。
「なあに? なにか、気になるの? なに、なに? なんなの?」
「い、いえ。そんなことありません。そんな気になる人だなんて。そんな人、いませんから」
語るに落ちてしまった千勢。小夜子の好奇心を刺激した。
「あらあら。だれ? だれが気になる人なの? 言いなさいよ、仲を取り持ってあげるわよ」
「そ、そんな人はいませんってば。
ただその、誰がその、そう! 小夜子奥さまのお帰りを一番喜んだのは、誰かなあって。
それが、知りたいだけですから」と耳たぶまで真っ赤にさせる千勢だ。
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