昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十一) ほったらかしでごめんね。

2015-04-04 09:12:08 | 小説
意外な彼の断りだったが、父親には頼もしく感じられた。
「そうだな。それじゃ、試験休みに入ってからにするかな」

部屋を出ようとした父親に対し、由香里が甘えた声で訴えた。
「お父さあん。息抜きに、先生とお出かけしたい。いいでしょ、ねえ」

「えっ! そんなこと、お父さんのお許しが出ないよ」
彼は、唐突な由香里のおねだりに困惑した風に、由香里をたしなめた。

「そうだな、由香里も頑張っていることだし。先生、一つ娘の我が儘を聞いてやってくれま、、、」
父親の言葉が終わらぬ内に、
「やったあ! お父さん、大好きい」
と、椅子から立ち上がり叫んだ。

「そうと決まったら、早く出てって。猛勉強するから、さあ、さあ」
と、父親の背中を押した。そして、ドアを閉じると
「やったね、先生」
振り向きざまに、二本の指でVサインを作った。
彼は、苦笑するだけだった。

「ええっ! まだ、帰っていない? もう九時を回ってるのに。どうしたんだろう」
バス停から走ってきた彼は、息を切らしながら舌打ちをした。
灯りの点いていない部屋を見上げながら、暫く立ちすくんだ。

「こんなことなら、夕食をご馳走になるんだったな。
それにしても、どうしたんだろう。まさか、あの男性とヨリを戻したんじゃ…。
いやそんなことはないはずだ。まさか、事故にあったとか。
管理人に聞くか、でもなあ…」

玄関前で逡巡している彼を、訝しげな表情でアパートの住人が入って行った。
「あのお」
思わず声をかけた彼だったが、
「いえ、すみません。いいんです」と、思い直した。

ペコリと頭を下げると、肩を落として家路についた。
住人同士の付き合いのない、都会のアパートだ。
聞いたところで、詮無いことだ。
変な噂が立つのが、関の山だ。
牧子の不機嫌な顔が思い浮かんでくる。

まとわりついてくる蒸し暑さが、彼を更に苛立たせた。
吹き出す汗を拭おうともせず、彼は歩き続けた。
楽しそうに語らいながら歩く二人連れを、恨めしげに見つめる彼だった。


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