昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港(三)コップ

2024-12-06 09:00:04 | 物語り

 空になったコップを見つめながら、少女は小さな声ではなしはじめた。
「じつはね、こんなこというと笑うかもしんないけど、あたい、まだバージンなんだ。
おんなじへやの子は、みんな誰かにあげたらしいんだけど。
あたいはまだなんだ。それで、あたいも誰かにあげなくっちやと思って。
ユキオにね、あげようかなあって思って。
べつにハンサムでもないんだけど、すっごくジョーダンがじょうずでね、いっつも笑いころげているの。
それでね、はじめてユキオのアパートに行ったの。
はじめのうちは、ジョーダンをいいあって良かったんだけど。
急にね、ユキオの顔が。なんて言うのかナ。
ほらよく言うでしょ、けわしいヒョージョーって。
あんなふうになって、あたいの上に、おおいかぶさってきたの。
それで、あたいのここをギュッっとつかんだの」
 と、娘は自分の乳房を服のうえからお椀をもつように掴んだ。

「ほお、それで」
 男はなぜか、ムラムラと嫉妬心を感じるのを覚えた。
「それがいたかったの。
それにユキオの顔がこわくなって、『イヤッ!』って大声をあげて、はらいのけちゃったの。
そしたら、前よりももっとこわい顔であたいをおさえつけようとするの。
あたい、手足をバタバタさせてゴロゴロとにげまわって‥。
けっきょくそのままにげ出したの。
そのあとに一度ね、ユキオから『ゴメン!』って電話があったけど、そのままなの。
どうしてもあのこわい顔がきえないの。
あたいって、おかしい?」

 少女は、男の飲み残しのコーヒーをスプーンでかき回しながら視線を落とした。
男はかるい虚脱感におそわれ、声が出なかった。
娘の目が男の目をとらえたとき、ようやく男はニコリと笑って答えた。
「そんなことはない。はじめはみんなそうなんだよ。
ユキオ君だっけ。おそらくユキオ君にしてもはじめてのことで、どうリードしていいのかわからなかったんだ。
おじさんだって最初はそうだった。
だけどネ、まだ若いんだ。みんながそうだからってそんなに簡単にあげるものじゃないよ。
ホントに好きな人のために残しておきなさい。あとで後悔しないように、ね」

「アハハハ。あ、ごめんなさい。だけどおじさんって意外に古いね。
バージンなんて今どきはやらないわ。
だって、結婚はセックスのためでしょ。
だから、ある意味練習してなくちゃ」
 少女はけたたましく笑うと、男の驚きの顔を見つつ得意気に言った。
しかし、男の曇った目の色に不安を感じたのか、
「ごめんなさい、言いすぎたわ、あたい。
べつにバカにしているわけじゃなくて。
あたいをナンパするおじさんだから。それにみんながそういうし」
 肩をすぼめながら付け足した。



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