空になったコップを見つめながら、少女は小さな声ではなしはじめた。
「じつはね、こんなこというと笑うかもしんないけど、あたい、まだバージンなんだ。
おんなじへやの子は、みんな誰かにあげたらしいんだけど。
あたいはまだなんだ。それで、あたいも誰かにあげなくっちやと思って。
ユキオにね、あげようかなあって思って。
べつにハンサムでもないんだけど、すっごくジョーダンがじょうずでね、いっつも笑いころげているの。
それでね、はじめてユキオのアパートに行ったの。
はじめのうちは、ジョーダンをいいあって良かったんだけど。
急にね、ユキオの顔が。なんて言うのかナ。
ほらよく言うでしょ、けわしいヒョージョーって。
あんなふうになって、あたいの上に、おおいかぶさってきたの。
それで、あたいのここをギュッっとつかんだの」
と、娘は自分の乳房を服のうえからお椀をもつように掴んだ。
「ほお、それで」
男はなぜか、ムラムラと嫉妬心を感じるのを覚えた。
「それがいたかったの。
それにユキオの顔がこわくなって、『イヤッ!』って大声をあげて、はらいのけちゃったの。
そしたら、前よりももっとこわい顔であたいをおさえつけようとするの。
あたい、手足をバタバタさせてゴロゴロとにげまわって‥。
けっきょくそのままにげ出したの。
そのあとに一度ね、ユキオから『ゴメン!』って電話があったけど、そのままなの。
どうしてもあのこわい顔がきえないの。
あたいって、おかしい?」
少女は、男の飲み残しのコーヒーをスプーンでかき回しながら視線を落とした。
男はかるい虚脱感におそわれ、声が出なかった。
娘の目が男の目をとらえたとき、ようやく男はニコリと笑って答えた。
「そんなことはない。はじめはみんなそうなんだよ。
ユキオ君だっけ。おそらくユキオ君にしてもはじめてのことで、どうリードしていいのかわからなかったんだ。
おじさんだって最初はそうだった。
だけどネ、まだ若いんだ。みんながそうだからってそんなに簡単にあげるものじゃないよ。
ホントに好きな人のために残しておきなさい。あとで後悔しないように、ね」
「アハハハ。あ、ごめんなさい。だけどおじさんって意外に古いね。
バージンなんて今どきはやらないわ。
だって、結婚はセックスのためでしょ。
だから、ある意味練習してなくちゃ」
少女はけたたましく笑うと、男の驚きの顔を見つつ得意気に言った。
しかし、男の曇った目の色に不安を感じたのか、
「ごめんなさい、言いすぎたわ、あたい。
べつにバカにしているわけじゃなくて。
あたいをナンパするおじさんだから。それにみんながそういうし」
肩をすぼめながら付け足した。
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