会社での歓待ぶりは、道々竹田の「きっと大騒ぎです。
内緒にしろと言われているんですが、大きな張り紙を用意しているはずですから。
あ、でも、びっくりなさってください」という情報以上だった。
全員が――五平ですらが、玄関前に勢揃いしての出迎えだった。
道を行き交う者たちも、やんごとなき方の来訪か、それとも映画スターでも立ち寄るのかと、足を止める始末だった。
小夜子が自宅に辿り着いたのは、どっぷりと日が落ちて落ちてからのことだった。
“灯りの点いていない暗いお家に一人なのよね。こんなことならもう少し実家に居ればよかったわ。
それにしても武蔵ったら、どうして出張に行くのよ。新妻を放ったらかしにするなんて、ほんとに信じられないわ”
「着きました、小夜子奥さま」
竹田の声に促されるように車から降りた小夜子の目に、信じられない光景があった。
「えっ! 灯りが点いてる。ひょっとして武蔵、帰ってきてるの?」
「いえ。社長はまだ二日はお戻りになりません」
冷然と告げる竹田に対し、「だって、灯りが……。泥棒? 竹田、警察を呼んで!」
語気鋭く詰め寄る小夜子だが、しかし竹田は涼しい顔をしている。
「ああ、灯りですか。泥棒じゃありません、すぐに分かります」と、にこやかに答える竹田だ。
「そりゃ、分かるでしょうよ。中に入れば、誰かが居るのか、それとも灯りだけが点いてるのか。
分かって当たり前でしょ!」
憮然とした面持ちで、言い返す小夜子。しかしなそれでもなお、竹田の笑みは消えない。
「お帰りなさいませ、小夜子さま。いえ、奥さま。お久しぶりでございます、千勢でございます。
おめでとうございます。やっとご決心なされたんですね、千勢も嬉しゅうございます」
「まあ、千勢。あなただったの? 戻ってくれたのね、嬉しいわ。
あたしね、あなたが居なくなってからね、ほんとに後悔したのよ。
もっと真剣に教われば良かったって。
あなたが、あんまり簡単にお料理なんか作るものだから。
あたしにだって簡単に、なんて思っちゃって」
「はい、申し訳ございませんでした。あたしも悲しかったです。
何か悪いことをしたのかと、暫くはボーゼンとしていました。
旦那さまからは、何もおっしゃっていただけませんし。
もう悲しくて悲しくて、何日も泣いてしまいました」
「ほんとに、千勢には悪いことをしたわね。あたしの我ままから、あなたをそんなに悲しませてたなんて。
武蔵にね、あたしだっておさんどんぐらいできるのよって、見せたくなったの。
それだけだったのよ。あ、竹田。ありがとうね、もういいわ。ご苦労さま」
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