昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](五)

2016-03-06 12:31:45 | 小説
「そんなことはない。初めはみんなそうなんだよ。
ユキオ君だっけ。おそらくユキオ君にしても初めてのことで、どうリードしていいのかわからなかったんだ。
おじさんだって最初はそうだった。
だけどネ、まだ若いんだ。みんながそうだからってそんなに簡単にあげるものじゃないよ。
ホントに好きな人のために残しておきなさい。あとで後悔しないようにね」

「アハハハ。あ、ごめんなさい。だけどおじさんって意外に古いね。
バージンなんて今どきはやらないわ。
だって、セックスにも相性ってあるんでしょ。
だから、ある意味…」

 少女はけたたましく笑うと、男の驚きの顔を見つつ得意気に言った。
しかし、男の曇った目の色に不安を感じたのか、
「ごめんなさい、言いすぎたわ、あたい。
べつにバカにしているわけじゃなくて。
あたいをナンパするおじさんだから。それにみんながそういうし」
 肩をすぼめながら付け足した。

「イヤイヤ。謝ることはない。時代の流れだろう、おそらく。
今の若い人達は解放されているからね。
話には聞いていたが、実際面と向かってそう言われるとね。
びっくりしたのさ」

 男はこの少女の中に、妖艶な女とあどけない少女とが住みついていることを知り危なっかしく思えた。
幾ばくかの小銭を入れるとすぐに曲が流れ出すミュージックマシーンのように、己の意志を持たず周囲に流されて右に左にと動き回る心を、男は恐ろしいと思った。
また悲しくもあった。

「さあ、出ようか。もう時間も遅い。門限は何時だい?」
 男は、腕時計に目を落として言った。
が、返事はなかった。男は立ち上がったが、少女はそのままだった。
「どうしたの? 出るよ」
 男はそう言うと、レジで精算した。

チラリと席を見やると、誰も居なかった。
グルリと一瞥したが、店のどこにも居ない。
首をかしげつつレジのウエイトレスを見ると、その視線が "トイレです" と教えてくれた。
男は苦笑いしつつ、外に出た。


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