金屏風を背にして、武蔵と小夜子が座る。小夜子の横に、茂作が仏頂面で座っている。
そして武蔵の横には、大婆が陣取っている。
二人に向かって右の列には、助役以下村役場の面々が座り、左の列には、繁蔵以下の縁戚連が陣取った。
あとの村人連は、そこかしこに十人程度が集まり車座に席を構えている。
二十畳はあろうかという部屋を三部屋、襖を取り外してひとつの部屋と使っている。
竹田家本家分家と隣家のの女子衆が、総勢二十と三人が忙しく立ち回っている。
武蔵が連れてきた料理人たちが用意する料理を、あちらへこちらへと運びまわる。
宴席の支度にかり出された女子衆全員には、男どもには内緒の化粧品セットが武蔵から先々夜に届けられていた。
「こんな田舎じゃ、のお」と口々に愚痴りながらも、口元がゆるんでいる。
さらには、竹田家の女子衆には、明日一日が休息日に当てられている。
「明日は、なーんもせんでええ。畑仕事もおさんどんも休みじゃ。
町に出かけるも良し、ここでおしゃべりするも良し。
好きにしてええ。男どもには、茶漬けでも食べさせておけばええ」
大婆のひと声には、誰も逆らえない。茂作という一人の例外を除いては。
ただそれが為に、これまでは縁者からの白い目にさらされてはいたが。
しかし本日ただ今よりは、それも笑い話と化してしまうことになる。
「先ずもって、村を代表してお礼を言わせてもらいます。
多額の寄付金にとどまらず、奨学金制度まで考えていただいて。
ありがたくお受けさせていただきます」
顔を赤くして謝辞を述べる助役。武蔵に酒を勧めた後、今度は大婆に深々とお辞儀をする。
「婆さま、実におめでたいことで。これで、繁蔵さんの村長就任も決まったようなものですわ」
「なんの、なんの。日本一のお婿さんのお陰じゃて。
そんなお婿さんを見つけてきた小夜子のお手柄じゃ。のお、繁蔵」
しわだらけの顔を、さらにくしゃくしゃにしている大婆に、
「村を出ると聞いた時には、澄江の二の舞にならねば良いがと心配しましたがの。
まさかこんなことになるとは」と、相好を崩す繁蔵だ。
「茂作さん、ほんにおめでたいことで。日の本一のおむこさんをお迎えなすった。
ご本家さんにも、鼻が高かろうて。色々ありなすったものな。の、の、の」
「婿さん、ありがとうございますの。こんなに豪勢な祝宴に呼んでいただけて。
それに、家の者にも気を使うてもろうて」
「ほんに、ほんに。見たこともない菓子をもらって、大喜びしとります。
ただ娘たちが、小夜子さんに続けとばかりに、の」
新郎である武蔵の下に大勢の村人が集まってきた。
皆が皆、一様に武蔵を褒めそやす。武蔵は、娘婿である。
本来ならば喜ぶべきなのだが、茂作の機嫌はすこぶる悪い。
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