突然に話しはじめたことは栄子には関係のないことだった。
興味もない。それよりもこれからのふたりの関係についての話が、本音の話が聞きたいのだ。
しかし松下はとうとうと話しつづける。
「でですね、その愚痴の中に、大変な玉が隠れているんです。
玉石混合ってやつです。当の本人たちは気付かない、ダイアモンドが混じっているんです…」
あくびをかみ殺して聞き入る栄子だが、もううんざりといった表情を隠すことが出来なくなった。
それでも松下は話をつづける。
“このひとは自己チューなのね。人のことなんて、まるで気にしないんだわ”。
ホテルの控え室で感じた冷たさが、いままた感じられた。
「ぼくはね、栄子さん。情報の海のなかを泳ぎきって、新大陸を見つけたいんだ。
で、その産物として大金が転がり込むというわけだ。
金が欲しいわけじゃない。成し遂げたいんです。
だからね、そのためには何でもします」
話を中断させるため「ちょっと…」と、立ち上がった。
すぐさま松下も立ち上がり、通り道を用意した。
そんな紳士めいた態度は栄子の気持ちをくすぐる。
“そうだわ、パトロンよ。どんな話にせよ乗らねば”と、考える栄子だった。
戻ってきた栄子に「本題に入りましょう。どうです、結婚してくれませんか」と告げた。
意外な申し出だった。パトロン契約であり、愛人契約だと決め込んでいた栄子には信じられない。
「いまさら愛だ恋だもないでしょう。超一流ダンサーとしての地位を、あなたに確立させてあげよう。
会長に聞きました。『金さえかければ、トップに立てる』。ぼくならそれができる。
その代わり、浮気は許さない。いま恋人がいるのなら、別れてもらう。
これが条件だ。ぼくはね、情報入手のために、女を口説くことがある。セックスもする。
でもそれは、あくまで仕事の延長線上のことだ。だから認めてもらう」
あまりに一方的条件と感じた。お前は浮気をするな、しかし俺はする。
明治の世ならいざしらず、男女平等同権がさけばれる平成の世なのにと憤りをかんじた。
しかし栄子をトップダンサーにしたとして、松下になんの益があるというのか。
トップダンサーを妻にしているという、自己満足だけだ。
疑念がわいてくる栄子だった。
“うかつに話に乗るわけにはいかない”。そんな警戒感が生まれた。
「以前はハワイアンにはまったけれど、フラメンコを知ってからは、もうこっちだよ。
どうだい、あの腰のくねらせようは。ハワイアンは少女で、こいつは妖婦だ。
妖艶な動きは、いやらしささえ感じさせる。けれど、ちっとも下品じゃない。
まさに芸術だね。松下くん、男のステイタスの本質は、女だよ女。
一流の、いや超一流の女を創りあげることだ。分かるかね、この意味が」
会場で聞かされた会長の持論が、松下の弁を強くする。
「きょうこの場でOKをもらいたいという気持ちです。
でもそれはさすがに酷でしょう。すぐにとは言わない。けれど、ずるずるは困る。
そうだな、イブの夜を二人で過ごしましょう。
この店に、八時までにお出でなさい。来なければ、この話はなしだ。それで宜しいでしょうね」
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