21日(土)。昨夕、ハクジュ・ホールで鈴木秀美ガット・サロンを聴きました ハクジュ・ホールも初めてですし、ガット・サロンも初めてです。霞が関駅から地下鉄千代田線で代々木公園駅まで行きました。さて、そこからが分かりません。ケータイで検索しようとしたのですが、うまくいきません 仕方がないので電柱の住所表示を頼りに渋谷区富ヶ谷1-37-5の白寿ビルを突き止め、7階ホールに上がりましたホールはいわゆる小ホールですが、現代感覚のデザインによるモダンなホールです。難を言えばホワイエが狭いということでしょうか 自席は1階E列1番で、前から5番目の左サイドです。演奏家の顔の表情が良く見えます
演奏曲目は①ボッケリー二「弦楽五重奏曲ト長調」、②モーツアルト「弦楽五重奏曲第6番変ホ長調K.614」、③モーツアルト「弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516」の3曲です
演奏者はバッハ・コレギウム・ジャパンのレギュラー、チェロの鈴木秀美、同コンサートマスターの若松夏美、同ヴァイオリンの竹嶋佑子、ヴィオラは新日本フィルや東京フィルの首席を務めた成田寛、今年1月から京都市交響楽団の首席を務める小峰航一です このコンサートの特徴はピリオド楽器(作曲家の生きていた時代の楽器)を使って演奏することです。「ガット・サロン」というのは、モーツアルト達が生きていた時代の弦楽器が、仔羊の腸から作られた弦(ガット弦)を使用していたことから付けられたものです
1曲目の「弦楽五重奏曲ト長調」を作曲したボッケリー二は弦楽五重奏曲を141曲作っているそうですが、チェロが2本のものが113曲に対してヴィオラが2本のものは28曲とのことです。今回演奏されるのはヴィオラ2本の少数派です。しかも、珍しく冒頭はヴィオラにより開始されます。弾むような楽しい曲です
2曲目のモーツアルト「弦楽五重奏曲第6番変ホ長調K.614」はモーツアルトの死の年=1791年の4月に完成しましたが、暗いところは全く見られず、むしろ前向きな明るさを感じさせる曲です 晩年(と言っても35歳!)のモーツアルトが、作曲の師と仰いだハイドンの音楽に回帰したような曲想です
最後のモーツアルト「弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516」について、このコンサートの主宰者である鈴木秀美氏がプログラムに次のように書いています。
「楽譜を眺めてみますと、全曲を通じ多くの箇所で、旋律が下降線を形成していることに気付きます。冒頭主題は主和音のアルぺジョで駆け上がったかと思うとは半音階で下がってきます。・・・・・・・・つまりこの曲では、最初に高く上がったのち躊躇しつつ、或いは何か失意のうちに降りてくる、そのようなラインが胸の裡に刻まれてゆくようにできているのです。・・・・・・この曲には”悲しみ”や”溜息”、”不安”といった言葉が散りばめられているのです」
さて、演奏は若松夏美のリードによって、どの曲も隙間のないアンサンブルを聴かせてくれました ガット弦の独特な響きが心地よく響きました。真ん中の位置でチェロを構えた鈴木秀美はアイコンタクトによって要所要所で締めていました
会場一杯の拍手に応えて、アンコールにベートーヴェンの「フーガ作品137」を演奏しました。この日は初めての会場でしたが、滅多にナマで聴けないモーツアルトの弦楽五重奏曲を2曲も聴けたのでラッキーでした
閑話休題
弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516といえば、忘れられない思い出があります 評論家・小林秀雄が書いた「モオツァルト」の中に次のようなくだりがあります
「スタンダアルは、モオツァルトの音楽の根抵はtristesse(かなしさ)というものだ、と言った。・・・・・・tristesseを味わう為に涙を流す必要がある人には、モオツァルトのtristesseは縁が無い様である。それは、凡そ次のような音を立てる、アレグロで。(ト短調クインテット、K.516.)」
そして彼はK.516の第1楽章冒頭の楽譜を掲げます
そして、次のように続けます。
「ゲオンがこれを tristesse allante と呼んでいるのを、読んだ時、僕は自分の感じを一言で言われた様に思い驚いた。確かにモオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない」
小林秀雄が書いたこの部分の記述は、モーツアルトの音楽の本質を突くものとして、多くのモーツアルティアンの心に深く刻み込まれています
さて、思い出というのは元の職場で働いていたときのことで、25年以上前のことです 私より6、7歳若いK君という青年がいました。彼はアマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いていたこともあり、音楽に関しては知識が豊富でした その彼に上記の楽譜のコピーを見せて「これは誰の何という曲でしょうか?」と訊いたのです。すると彼は、即座に「あぁ、モーツアルトのト短調クインテットね」と答えたのです。これには、さすがはK君と感歎しました。
演奏する前に何を食べるか、という話になったとき、「蕎麦を一気にすする!集中力を高めるのにはそれが一番!」と言っていたのが印象に残っています。その数年後、彼は癌でこの世を去りました。20代後半でした。葬儀の帰り、新宿のおでん屋でK君の同期のN君と、モーツアルトの生涯(35歳)まで生きることなく逝ったK君を偲んで、涙をぼろぼろ流しながら飲んだことを思い出します
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