レイキャビクとその近郊の巡礼の旅を続けます。
今回の教会はレイキャビク西方の隣り町Seltjarnarnesセルチャルトナネスのセルチャルトナネス教会です。この町は小さな町で人口は約四千三百人ほど。レイキャビクの一部のように思っている人もあるかもしれませんが、独立した地方自治体です。
SeltjarnarnesのNESというのは岬のことで、文字通り町の一部は岬になっていて、灯台もあります。その辺りは湿地になっており、クリアという一種の渡り鳥が毎夏来訪してきます。
ちなみにこのクリアというのは小型できれいな鳥なのですが、産卵の時期には子を思うあまり神経質になり、近くを散歩している人の頭を上空からコツリとやったりします。わりと「うざい」鳥です。
この岬にはゴルフリンクスもありますし、遊歩道が整理されているので小一時間の良い散歩コースでもあります、クリアさえいなければ。私もよくここを歩きました。また、この地域は「お金持ち」ムードのある町でもあり、散歩しているとどでかい一軒家が海沿いに並んでいたりします。
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モダンなデザインのセルチャルトナネス教会
-Myndin er ur Wikimedia.org-
私が十年間居候していたネス教会もレイキャビクの西地区にあります。セルチャルトナネス教会は、実はネス教会の隣りの教会になります。余談ですがレイキャビクで普通「ネス」というとセルチャルトナネスのことを指します。そちらの方が本当の「岬」っぽいからです。
それでネス教会とセルチャルトナ教会を間違えて訪ねてきたり、訪ねて行ったりする人は結構います。そういうことがあったので、私が「ネス教会でお会いしましょう」などというときには必ず「セルチャルトナネスではありませんよ」と念を押すようにしておきました。
セルチャルトナネス教会は1989年に聖別された新しいモダンな教会です。独特の形をしていて、なんというか、ひし形を積み重ねたようなデザインになっています。アーキテクトはハルズル·ハルズルソンという方だそうです。
教会内部もモダンで、明るく機能的です。天気がいい時にはレイキャビク湾とその向こうのエイシャの山が眼前に広がり、素晴らしい眺望です。
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教会内部もモダン
Myndin er ur Wikimedia.org-
セルチャルトナネス教会とはわりと往き来があるほうだったのですが、これまでずーっとこの教会は新しい教会なのだ、と思っていました。今書いたように1989年に聖別されているのですから。
そこで今回のビックリです。まさしくブログ効果のビックリで、セルチャルトナネス教会について書こうと思わなかったら、知らないままだったでしょう。
そのビックリとは、セルチャルトナネス教会はなんと十二世紀頃からあった、というのです。パットゥル·ヨンスソンという1195年にスカウルホルトのビショップになった人が、その著書の中でセルチャルトナネス教会について述べているのです。
それによるとセルチャルトナネスは当時はかなり大きな集落と見なされていたようで、セルチャルトナネス教会は神父付きの教会とされていたそうです。(当時の教会はみなカトリック教会だったので、「牧師」ではなく「神父」です。アイスランド語ではどちらも同じPresturと呼ばれます)
あそこがそんなに昔から人の居住区だったというのは、にわかには信じられない情報なのですが、いったい何人くらいが住んでいたのでしょうか?
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湾とエイシャの山を覗む素晴らしい眺望
で、その後何が起こったか?というと、時代はずっと飛んで十八世紀になります。1799年に荒天によって時のセルチャルトナネス教会は吹き飛んでしまったのだそうです。これはまあ、そういうこともあるだろうな、という気がします。岬ですからね。
そしてその頃はセルチャルトナネスはどちらかというと貧しい地域にランク落ちしてたようで(十分な資料をあたっていないので、多少推測ですが)、新しい教会堂は必要ないと思われたのか、あるいは居住者が少なくなっていたのか、教会の再建はなされませんでした。
その後は、セルチャルトナネス教区はレイキャビクのダウンタウンにあるカセドラル、ドム教会の教区に併合されました。セルチャルトナネスからドム教会まで歩いて、三十分くらいでしょうか?
1941年以降は、私が居候していたネス教区の一部となりましたが、1974年になって、再びセルチャルトナネス教区として独立しました。まあ、その頃ならレイキャビク全体の発展もあったでしょうし、おそらくセルチャルトナネスの町も今に近い形になってきていたのでしょう。
というわけで、今回は意外な「ビックリ」のある(「ビックリ」はみな「意外」か?)セルチャルトナネス教会でした。まあ、ビックリしたのはワタシだけでしょうが... たまにはこういうこともないと... (^_-)☆
応援します、若い力。Meet Iceland
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Home Page: www.toma.is
今回の教会はレイキャビク西方の隣り町Seltjarnarnesセルチャルトナネスのセルチャルトナネス教会です。この町は小さな町で人口は約四千三百人ほど。レイキャビクの一部のように思っている人もあるかもしれませんが、独立した地方自治体です。
SeltjarnarnesのNESというのは岬のことで、文字通り町の一部は岬になっていて、灯台もあります。その辺りは湿地になっており、クリアという一種の渡り鳥が毎夏来訪してきます。
ちなみにこのクリアというのは小型できれいな鳥なのですが、産卵の時期には子を思うあまり神経質になり、近くを散歩している人の頭を上空からコツリとやったりします。わりと「うざい」鳥です。
この岬にはゴルフリンクスもありますし、遊歩道が整理されているので小一時間の良い散歩コースでもあります、クリアさえいなければ。私もよくここを歩きました。また、この地域は「お金持ち」ムードのある町でもあり、散歩しているとどでかい一軒家が海沿いに並んでいたりします。
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モダンなデザインのセルチャルトナネス教会
-Myndin er ur Wikimedia.org-
私が十年間居候していたネス教会もレイキャビクの西地区にあります。セルチャルトナネス教会は、実はネス教会の隣りの教会になります。余談ですがレイキャビクで普通「ネス」というとセルチャルトナネスのことを指します。そちらの方が本当の「岬」っぽいからです。
それでネス教会とセルチャルトナ教会を間違えて訪ねてきたり、訪ねて行ったりする人は結構います。そういうことがあったので、私が「ネス教会でお会いしましょう」などというときには必ず「セルチャルトナネスではありませんよ」と念を押すようにしておきました。
セルチャルトナネス教会は1989年に聖別された新しいモダンな教会です。独特の形をしていて、なんというか、ひし形を積み重ねたようなデザインになっています。アーキテクトはハルズル·ハルズルソンという方だそうです。
教会内部もモダンで、明るく機能的です。天気がいい時にはレイキャビク湾とその向こうのエイシャの山が眼前に広がり、素晴らしい眺望です。
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教会内部もモダン
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セルチャルトナネス教会とはわりと往き来があるほうだったのですが、これまでずーっとこの教会は新しい教会なのだ、と思っていました。今書いたように1989年に聖別されているのですから。
そこで今回のビックリです。まさしくブログ効果のビックリで、セルチャルトナネス教会について書こうと思わなかったら、知らないままだったでしょう。
そのビックリとは、セルチャルトナネス教会はなんと十二世紀頃からあった、というのです。パットゥル·ヨンスソンという1195年にスカウルホルトのビショップになった人が、その著書の中でセルチャルトナネス教会について述べているのです。
それによるとセルチャルトナネスは当時はかなり大きな集落と見なされていたようで、セルチャルトナネス教会は神父付きの教会とされていたそうです。(当時の教会はみなカトリック教会だったので、「牧師」ではなく「神父」です。アイスランド語ではどちらも同じPresturと呼ばれます)
あそこがそんなに昔から人の居住区だったというのは、にわかには信じられない情報なのですが、いったい何人くらいが住んでいたのでしょうか?
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湾とエイシャの山を覗む素晴らしい眺望
で、その後何が起こったか?というと、時代はずっと飛んで十八世紀になります。1799年に荒天によって時のセルチャルトナネス教会は吹き飛んでしまったのだそうです。これはまあ、そういうこともあるだろうな、という気がします。岬ですからね。
そしてその頃はセルチャルトナネスはどちらかというと貧しい地域にランク落ちしてたようで(十分な資料をあたっていないので、多少推測ですが)、新しい教会堂は必要ないと思われたのか、あるいは居住者が少なくなっていたのか、教会の再建はなされませんでした。
その後は、セルチャルトナネス教区はレイキャビクのダウンタウンにあるカセドラル、ドム教会の教区に併合されました。セルチャルトナネスからドム教会まで歩いて、三十分くらいでしょうか?
1941年以降は、私が居候していたネス教区の一部となりましたが、1974年になって、再びセルチャルトナネス教区として独立しました。まあ、その頃ならレイキャビク全体の発展もあったでしょうし、おそらくセルチャルトナネスの町も今に近い形になってきていたのでしょう。
というわけで、今回は意外な「ビックリ」のある(「ビックリ」はみな「意外」か?)セルチャルトナネス教会でした。まあ、ビックリしたのはワタシだけでしょうが... たまにはこういうこともないと... (^_-)☆
応援します、若い力。Meet Iceland
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
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