こんにちは/こんばんは。
コロナのおかげで、先週はまるまる一週間を棒に振ってしまった -というよりは、まるまる一週間のエキストラなおまけの夏休みをいただいた- ワタシでした。
清涼感アップ用ピック1 ウミベのパフィン
Myndin er eftir Yves_Alarie@unsplash.com
バイデン大統領や岸田首相のように、コロナにかかっても自宅で執務をこなす方々もいらっしゃるようですが、ワタシにはそのような不屈の精神がないことがよくわかりました。
始めの二日間は、微熱が出て、寒気はするわ頭は痛いわで、フツーに病気っぽかったのですが、その後の一週間はテレビと昼寝三昧の「ていたらく」な生活を楽しみました。
余談ですが、国語の説明によると、「ていたらく」はネガティブなニュアンスで「このありさま」を表す名詞なので、「な」を付けて形容詞のように使うのは間違った用法とのこと。
ワタシも「だらしがない」という意味の形容詞みたいに勘違いしていました。国語を舐めてはいかんぜよ、ですね。前文なら「テレビと昼寝三昧の『ていたらく』を楽しみました」とすべき。
ところで、一応こちらでのコロナ対応基準は、「症状が消えてからの五日間が隔離下での自宅療養」プラス「二日間のなるべく対人接触を避ける生活」となっています。この間、特に医療関係者からの指示とかもなし。
ちなみに「症状が消える」というのはお薬なしでも熱が出ない、とか、頭痛がない、ということだそうです。
もちろん、これは症状が軽い場合の話しで、具合がもっと悪い方の場合は入院その他の必要な措置となります。
ワタシ、アイスランドへ移ってからは本当に病気知らずで、二十五年間くらいインフルエンザにもかかったことがありませんでした。熱を出して寝込んだ、なんていうのは、最後に覚えているのは1990年の春先くらいまで遡る気がします。もっと若い頃は定期的に扁桃腺が腫れる病弱な子だったのですが。こちらへ来てストレスが減ったのかな?
とにかく、後遺症もなく元気に回復することができました。もっとも多少の間接的な後遺症はあります。予期せぬ追加の「ていたらく」がやってきたため、スタンバイしてあった「仕事モード」が崩壊してしまいました。
お休み明けから仕事に戻る「しんどい」シフトをもう一回通らないといけません。再開していた筋トレも休止してしまったし...
清涼感アップ用ピック2
Myndin er eftir Einar_H_Reynis@unsplash.com
さて、そういう冴えない夏休み明けの中で、ワタシが「仕事モード」に戻ろうとあがきつつ楽しんでいるのが「イチケイのカラス」です。コロナ感染直前にアマゾンで注文しておいたDVDです。
ご存知でしょうが、浅見理都さん原作の漫画を、テレビ化したドラマで昨年の春からフジ系列で放映されたもの。主演、竹之内豊さん、黒木華さんら。
「また、古いテレビシリーズ持ち出して」とお思いになるでしょうが、皆さんにとっては古くとも、私にとっては新しいのです。来春には劇場版も公開されるとか聞いてるし。
で、コミカル調&人情噺的な法廷ものなのですが、破天荒な裁判官、入間(いるま)みちおとエリート官僚的な裁判官、坂間千鶴を中心として物語りは進みます。面白いですよね、このドラマ。ご覧になっていない方は是非とも。
中卒で自由闊達な入間裁判官と、東大卒のエリートで「出世のための保身」を厭わない坂間裁判官のコントラストは、いかにもステレオタイプで、「Hero」の時の久利生検事と雨宮事務官の焼き直しみたい。
入間裁判官は、ラフで普段からノータイで、裁判官席から被告人席へ降りてきて語りかけたり、黒の裁判用の法衣をまとったままでお弁当を買いに行ったりします。納得できる判決を求め、そのためには「(関係者の)話しを聞いて、聞いて、聞きまくる」ことを信条とします。
対する坂間裁判官は、キャリアウーマンらしい隙のないスーツ姿が常で、裁判官の威信と威厳を保つことに留意するタイプ。「案件をすみやかに処理することが大切で、裁判は基本的に検事局の起訴を確認する手続き」のようにみなしています。そういう二人の絵に描いたようなコントラストなのです。
面白い「イチケイのカラス」
もともと竹之内豊さんは私のお気に入りの俳優さんで、ああいう気取っているのに嫌味がない人って羨ましくなります。黒木華さんという女優さんは別にまったくタイプではないのですが、このドラマでは役にはまっていて良いですね。「嫌われ役」の前提で入ってきて、そこに埋もれてしまわない魅力がある、というのは素晴らしいです。
真逆のキャラである入間裁判官と坂間裁判官が、小競り合いと、助け合いと多少のいちゃつきを絡めながら、感化し合い「より良い」判決に辿り着く、とうのがドラマの筋です。
洋の東西を問わず、テレビの「ポリスもの」が好きな私は、実は「裁判官」とか「判事」には相当な偏見を持っています。特にアメリカの判事とかって、これ以上はないような尊大な人間として描かれていることが多いですね。
もちろん、実際はどうなのか知りませんが、そういう偏見の「もと」はすでに私の中にあります。
そういう中で、今度は裁判官中心というか、裁判官の側から見たお話しを見るのは、それなりに新鮮なものがあります。たとえそれがフィクションであるとしても。本当の部分もあるかもしれませんし。
なりたくてもこうはなれない 竹之内豊さん
Myndin er ur Fujitv.co.jp
ですが、私がこのドラマを面白がって見ているのは、この「裁判官事情」を通して私自身が属している「牧師さん事情」を見る思いがあるからなのです。
さっきアメリカでの判事は「これ以上はないような尊大な人間」のイメージがあると書きましたが、多くの人が牧師や神父についても同じようなイメージを持っているのではないでしょうか?
実際、中にはそのような尊大な連中もあるには違いません。が、牧師さんについて言えば、大多数の人はそういうことはない、という気がしています。たいていの場合は、私たち牧師の多くが「入間裁判官と坂間裁判官の『あいだ』のどこか」をふらついているのではないかと思うのです。
牧師のタマゴ事情についてはこちらも:「はみ出し?神学生の未来 遡って見る」と
まあ、他の皆さんについては、周囲にいる方々とのやりとりを通じて「推察」している域を出ないのですが、自分自身について考えてみるならば、「ある部分では入間的、別の部分では坂間的」であることは否めない事実ですね。
入間ー坂間のステレオタイプ的対比を前にすると、普通私たちは入間タイプは肯定的に、坂間タイプは否定的に捉えるのではないかと思います。好意的ー非好意的と言い換えてもいいでしょう。
自分で自身の牧師としてのあり方を考える時、常日頃から「自分は非伝統的なタイプの牧師で、四角四面ではない」と考えていたのですが -考えたい!- 実際に、具体的に吟味してみるとそうでもないことがわかります。
礼儀をわきまえないで接してくる輩にはつっけんどんに答えるし、無責任な仕事をする同僚はシカトするし(これって死語?)、寛大な様子でお話ししていても、マジで突っ込んでくるヤツがいると鉄仮面が降りたりと、坂間裁判官も結構活躍しているのがワタシの実態であったりします。
上) 「ニタカのカラス」
下) 「イチタカのカモメ」
裁判官と私たち牧師さんで、ひとつ極めて類似してると思えることは、「どれくらい同情してあげて、どれくらい厳しくすることが、その相手のためになるのだろうか?」というシチュエーションに日常的に接することです。
牧師さんの場合は、別に「裁き」「判決」を下すわけではありませんが、助けを求めている相手に対して、どのように答えるかというのは、その当人にとっては事実としての「裁き」と受け取られかねません。
牧師の場合は、傍に検事も弁護士もいないですからね、客観的な材料が不足していることも多いですし、そういう面での判断の難しさもあります。
そういう中で、私もそうですが、同僚の牧師さんたちも「納得できる結論、アドバイス」を求めて日々右往左往しているのではないでしょうか?「納得」というのが、自分自身、相手、神、と誰を納得させるものであるのか?という点も右往左往に拍車をかけるものであるかもしれません。
最後に、みょうちくりんなタイトルの「イチケイのカラス」ですが、「イチケイ」というのは裁判所の第一刑事部の略。「カラス」の方は日本神話の「八咫烏(ヤタガラス)」からきているそうです。
この八咫烏は足が三本あり、神武天皇を大和の橿原まで案内したとされ、よって導きの神として信仰されている、とのことです。
ドラマ中の説明では「神ではないが、自由闊達なインスピレーションを与えることができるもの」とか言われていましたね。「人々を法の下に正しい方向を導く役目」という意味が、ここでは込められているようです。
私は日本神話とは別の世界に身を置いていますが、「イチケイのカラス」とは面白い言葉ですね。ある意味、私ども牧師連にも当てはまるべきものがあるような気がします。
そういえば、ウチの教会の屋根にもよくカラスが止まっています。屋根の上の十字架の天辺に。一番高いとこが好きなヤツだ、としか思っていませんでしたが、あれはあれでなにかのお告げなのかも... 「イチタカ」のカラスか? (^-^;
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Church home page: Breidholtskirkja/ International Congregation
Facebook: Toma Toshiki
コロナのおかげで、先週はまるまる一週間を棒に振ってしまった -というよりは、まるまる一週間のエキストラなおまけの夏休みをいただいた- ワタシでした。
清涼感アップ用ピック1 ウミベのパフィン
Myndin er eftir Yves_Alarie@unsplash.com
バイデン大統領や岸田首相のように、コロナにかかっても自宅で執務をこなす方々もいらっしゃるようですが、ワタシにはそのような不屈の精神がないことがよくわかりました。
始めの二日間は、微熱が出て、寒気はするわ頭は痛いわで、フツーに病気っぽかったのですが、その後の一週間はテレビと昼寝三昧の「ていたらく」な生活を楽しみました。
余談ですが、国語の説明によると、「ていたらく」はネガティブなニュアンスで「このありさま」を表す名詞なので、「な」を付けて形容詞のように使うのは間違った用法とのこと。
ワタシも「だらしがない」という意味の形容詞みたいに勘違いしていました。国語を舐めてはいかんぜよ、ですね。前文なら「テレビと昼寝三昧の『ていたらく』を楽しみました」とすべき。
ところで、一応こちらでのコロナ対応基準は、「症状が消えてからの五日間が隔離下での自宅療養」プラス「二日間のなるべく対人接触を避ける生活」となっています。この間、特に医療関係者からの指示とかもなし。
ちなみに「症状が消える」というのはお薬なしでも熱が出ない、とか、頭痛がない、ということだそうです。
もちろん、これは症状が軽い場合の話しで、具合がもっと悪い方の場合は入院その他の必要な措置となります。
ワタシ、アイスランドへ移ってからは本当に病気知らずで、二十五年間くらいインフルエンザにもかかったことがありませんでした。熱を出して寝込んだ、なんていうのは、最後に覚えているのは1990年の春先くらいまで遡る気がします。もっと若い頃は定期的に扁桃腺が腫れる病弱な子だったのですが。こちらへ来てストレスが減ったのかな?
とにかく、後遺症もなく元気に回復することができました。もっとも多少の間接的な後遺症はあります。予期せぬ追加の「ていたらく」がやってきたため、スタンバイしてあった「仕事モード」が崩壊してしまいました。
お休み明けから仕事に戻る「しんどい」シフトをもう一回通らないといけません。再開していた筋トレも休止してしまったし...
清涼感アップ用ピック2
Myndin er eftir Einar_H_Reynis@unsplash.com
さて、そういう冴えない夏休み明けの中で、ワタシが「仕事モード」に戻ろうとあがきつつ楽しんでいるのが「イチケイのカラス」です。コロナ感染直前にアマゾンで注文しておいたDVDです。
ご存知でしょうが、浅見理都さん原作の漫画を、テレビ化したドラマで昨年の春からフジ系列で放映されたもの。主演、竹之内豊さん、黒木華さんら。
「また、古いテレビシリーズ持ち出して」とお思いになるでしょうが、皆さんにとっては古くとも、私にとっては新しいのです。来春には劇場版も公開されるとか聞いてるし。
で、コミカル調&人情噺的な法廷ものなのですが、破天荒な裁判官、入間(いるま)みちおとエリート官僚的な裁判官、坂間千鶴を中心として物語りは進みます。面白いですよね、このドラマ。ご覧になっていない方は是非とも。
中卒で自由闊達な入間裁判官と、東大卒のエリートで「出世のための保身」を厭わない坂間裁判官のコントラストは、いかにもステレオタイプで、「Hero」の時の久利生検事と雨宮事務官の焼き直しみたい。
入間裁判官は、ラフで普段からノータイで、裁判官席から被告人席へ降りてきて語りかけたり、黒の裁判用の法衣をまとったままでお弁当を買いに行ったりします。納得できる判決を求め、そのためには「(関係者の)話しを聞いて、聞いて、聞きまくる」ことを信条とします。
対する坂間裁判官は、キャリアウーマンらしい隙のないスーツ姿が常で、裁判官の威信と威厳を保つことに留意するタイプ。「案件をすみやかに処理することが大切で、裁判は基本的に検事局の起訴を確認する手続き」のようにみなしています。そういう二人の絵に描いたようなコントラストなのです。
面白い「イチケイのカラス」
もともと竹之内豊さんは私のお気に入りの俳優さんで、ああいう気取っているのに嫌味がない人って羨ましくなります。黒木華さんという女優さんは別にまったくタイプではないのですが、このドラマでは役にはまっていて良いですね。「嫌われ役」の前提で入ってきて、そこに埋もれてしまわない魅力がある、というのは素晴らしいです。
真逆のキャラである入間裁判官と坂間裁判官が、小競り合いと、助け合いと多少のいちゃつきを絡めながら、感化し合い「より良い」判決に辿り着く、とうのがドラマの筋です。
洋の東西を問わず、テレビの「ポリスもの」が好きな私は、実は「裁判官」とか「判事」には相当な偏見を持っています。特にアメリカの判事とかって、これ以上はないような尊大な人間として描かれていることが多いですね。
もちろん、実際はどうなのか知りませんが、そういう偏見の「もと」はすでに私の中にあります。
そういう中で、今度は裁判官中心というか、裁判官の側から見たお話しを見るのは、それなりに新鮮なものがあります。たとえそれがフィクションであるとしても。本当の部分もあるかもしれませんし。
なりたくてもこうはなれない 竹之内豊さん
Myndin er ur Fujitv.co.jp
ですが、私がこのドラマを面白がって見ているのは、この「裁判官事情」を通して私自身が属している「牧師さん事情」を見る思いがあるからなのです。
さっきアメリカでの判事は「これ以上はないような尊大な人間」のイメージがあると書きましたが、多くの人が牧師や神父についても同じようなイメージを持っているのではないでしょうか?
実際、中にはそのような尊大な連中もあるには違いません。が、牧師さんについて言えば、大多数の人はそういうことはない、という気がしています。たいていの場合は、私たち牧師の多くが「入間裁判官と坂間裁判官の『あいだ』のどこか」をふらついているのではないかと思うのです。
牧師のタマゴ事情についてはこちらも:「はみ出し?神学生の未来 遡って見る」と
まあ、他の皆さんについては、周囲にいる方々とのやりとりを通じて「推察」している域を出ないのですが、自分自身について考えてみるならば、「ある部分では入間的、別の部分では坂間的」であることは否めない事実ですね。
入間ー坂間のステレオタイプ的対比を前にすると、普通私たちは入間タイプは肯定的に、坂間タイプは否定的に捉えるのではないかと思います。好意的ー非好意的と言い換えてもいいでしょう。
自分で自身の牧師としてのあり方を考える時、常日頃から「自分は非伝統的なタイプの牧師で、四角四面ではない」と考えていたのですが -考えたい!- 実際に、具体的に吟味してみるとそうでもないことがわかります。
礼儀をわきまえないで接してくる輩にはつっけんどんに答えるし、無責任な仕事をする同僚はシカトするし(これって死語?)、寛大な様子でお話ししていても、マジで突っ込んでくるヤツがいると鉄仮面が降りたりと、坂間裁判官も結構活躍しているのがワタシの実態であったりします。
上) 「ニタカのカラス」
下) 「イチタカのカモメ」
裁判官と私たち牧師さんで、ひとつ極めて類似してると思えることは、「どれくらい同情してあげて、どれくらい厳しくすることが、その相手のためになるのだろうか?」というシチュエーションに日常的に接することです。
牧師さんの場合は、別に「裁き」「判決」を下すわけではありませんが、助けを求めている相手に対して、どのように答えるかというのは、その当人にとっては事実としての「裁き」と受け取られかねません。
牧師の場合は、傍に検事も弁護士もいないですからね、客観的な材料が不足していることも多いですし、そういう面での判断の難しさもあります。
そういう中で、私もそうですが、同僚の牧師さんたちも「納得できる結論、アドバイス」を求めて日々右往左往しているのではないでしょうか?「納得」というのが、自分自身、相手、神、と誰を納得させるものであるのか?という点も右往左往に拍車をかけるものであるかもしれません。
最後に、みょうちくりんなタイトルの「イチケイのカラス」ですが、「イチケイ」というのは裁判所の第一刑事部の略。「カラス」の方は日本神話の「八咫烏(ヤタガラス)」からきているそうです。
この八咫烏は足が三本あり、神武天皇を大和の橿原まで案内したとされ、よって導きの神として信仰されている、とのことです。
ドラマ中の説明では「神ではないが、自由闊達なインスピレーションを与えることができるもの」とか言われていましたね。「人々を法の下に正しい方向を導く役目」という意味が、ここでは込められているようです。
私は日本神話とは別の世界に身を置いていますが、「イチケイのカラス」とは面白い言葉ですね。ある意味、私ども牧師連にも当てはまるべきものがあるような気がします。
そういえば、ウチの教会の屋根にもよくカラスが止まっています。屋根の上の十字架の天辺に。一番高いとこが好きなヤツだ、としか思っていませんでしたが、あれはあれでなにかのお告げなのかも... 「イチタカ」のカラスか? (^-^;
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
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