レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

サッポロ北街ひとり日誌 (18-2) – 神の恵みと幸運とJALのCA

2018-10-07 03:00:00 | 日記
半年ぶりに「サッポロ北街ひとり日誌」になります。

昨年2017年は日本へ帰省する機会を逸したのですが、今年は四月に続いての二回目の帰省です。実は四月の帰省は前年の夏休みの遅取りでしたし、今回の帰省は今年の夏休みの「遅刻消化」となります。

確か法律ではちゃんと「夏休みは十月何日までに消化すること」とかいうのがあったと思います。「教区牧師」と言われる普通の牧師さんたちの場合は、夏休み中の不在を互いにカバーする仕組みがありますので、春先から夏期休暇の取得予定を申告するようになっています。

私のように「特別職」にある牧師の場合は、カバーしてくれる人がおらず、自分で様子を見ながら夏休みを計画せざるを得ないのが現状です。最近はカバーしてもらえるよう努力しているのですが、まだまだ改善の途上です。

さて、いつものごとく午前四時起きでスタートする日本への帰省旅行。今回もコペンハーゲン経由で成田、千歳のルート。順調にコペンを経由して旅は続き、途中休憩の地である成田に着きました。着いたのは出発した翌日の午前九時半くらい。

日付けを越していますが、実際は九時間先を行く日本の時刻に追いついてきたものなので、実際の旅行時間はそこまで長いものではありません。アイスランドではちょうど出発した日の真夜中になります。

還暦間近の私は、老体をいたわるべく空港内のレストハウスで休息。四時間ぐっすりと眠り、元気を回復して三つ目のフライト、成田–新千歳のJAL便へと向かいました。




半年ぶりの札幌 秋の爽やかな陽光


ここで突然話題が変わりますが、私は「神の恵み」と「幸運」とを区別して考える癖を持っています。「いきなり何じゃ?!」とお思いでしょうが、ガマンして下さい。つまり、何か良いことがあった場合、それを「神の恵み」と考えるのか、単にラッキー!と考えるのか、を区別するということです。

例えば一千万円の宝くじに当たったとしましょう。これを「神の恵み」として考えるか、単に幸運として考えるかは、人それぞれと思います。

当人がお金に困っている状況にあり、宝くじであれ何であれ金銭的な支えを必要としていたのであれば「神の恵み」と言えるでしょう。

そういうわけではなくて、単に「予期せぬお金が儲かった」というのであれば、「神の恵み」と言うよりは「幸運」とした方が良いと思います。神を引き合いに出す必要はありませんし、だいたいその一千万が本当に「良いこと」であるかどうかは、その人のその後の生活を見るまでは断言できないかもしれませんからね。あぶく銭で生活を乱した、というようなのはよく聞く話しです。

逆に、始めは「人生のとんでもない苦労」と思わざるを得ないようなことが、後に人生の素晴らしい基となることだってあります。そういう場合は、そこに神の恵みが現れていると考へるべきでしょう。

「神の恵み」というものは、始めからその人の目に素晴らしいものに映るとは限らないのですが、結果「人の生をより良いところへ引き上げてくれるもの」と私は考えています。

ですからワタシ的には、人が自分の欲望や願望を満たすような結果を、その人の努力や精進によってではなく得た時は「ラッキー!」であり、それほど単純ではない紆余曲折があるかもしれないけど、長い目で見たらその人にとって良いものをもたらすものを得た時に「神よ、恵みを感謝!」と分類しているわけです。

一応牧師の私としては、どうでも良い幸運にまでやたらに「神の恵み」を連発するとヒンシュクを買うこともありますので、そのような「分別癖」が付いたようです。

ここでまた成田空港に戻ります。

成田のJALの国内線のあるターミナルの一画で、私はダイエット破りの罪を犯し、ソフトクリームを舐めていました。なぜか知らないけど、空港とソフトクリームはよく合うのです。そこをJALのCAさんたち三人が通り過ぎて行きました。

私は特にCAさんに憧れる夢は持っていません。はっきり言って、みんな同じ格好、同じ応対、同じ顔に見えてしまうことが普通で、それほど視野には入ってきません。

ところが、その通り過ぎて行った三人のCAさんのひとりが、稀に見る「見目麗しい」女性であり、ワタシの還暦リーチのハートはハイジャンプしてしまったのです。




1980年くらい ノエビア化粧品のCM デビッドボウイの曲がBGM


黒髪(日本でならフツーか?)、ショートカット、端正な横顔。かつてのノエビア化粧品のCMの女性パイロットを思い起こさせます(といってもわかる人はいないでしょうが…).

あっという間に通り過ぎてしまったので、残念。当然「この人たちが、札幌行きのクルーだったらいいなあ」という、チョー人間的、いやオトコの子的希望を持ったわけです。

ですがそのサテライトから出るJALは名古屋、大阪、沖縄等々、何便もあります。その三人組が札幌行きであるとは、確率的にも「アキラメナ〜」に属することでありました。

それがです。P搭乗口付近、搭乗アナウンスに従って動き出した列に続いたワタシの目に、機内でお辞儀をして迎えてくれるその見目麗しいCAさんが飛び込んできたのでした。ラッキー!!

で、ここで、先ほどウダウダ書きました「神の恵み」と「ラッキー!」の考察が出てくるわけです。今回の事象は「ラッキー!」に分類されることです。私のチョー個人的、かつあまり知的なところから出てきたのではない「願い」に基づくものでしかないからなのでした。

私はJシートという、千円上乗せすると座れるビジネスクラス用の仕様の席(それでもエコノミーです)に座れたので、前から三列目。このシートは予約時には取れず、先ほどチェックインカウンターで「空きができました」と知らされて取ったばかり。これもラッキー!

さらにラッキー!の続きなのか、そのフライトはビデオがなく(もちろんビデオはあるのですが、国内線では使わない方針のようです)、安全装置や諸注意の説明が古式ゆかしいCAさんの実演でなされます。

普段は無視する酸素マスクの説明ですが、輝くCAさんがすぐ前に立ってしてくれるパフォーマンスに見とれてしまうワタシでした。

せっかくなのでお礼代わりに、機内販売でカシミアのストールを買ってしまいました。そんなに高価ではなかったけど。もちろん輝くCAさんから。ラッキー!   

繰り返しますが、これは別に神の恵みではなく、私の個人的な願望を満足させてくれるプチ幸運だと理解しています。それでも幸運は幸運。こういう人間的な思いに基づくラッキーであっても、人の生活を楽しくはしてくれますね。そういうのが続く生活と、そういうものが全然ない生活を比較するならば、どちらがより楽しいかは一目瞭然。




JALは一日135便?


しかし、人間の思いに貪欲は付きもの。こうなれば、「あわよくば、帰りのフライトも」となってしまいます。ですが、JALのCAさんは総勢400人。フライト数は毎日国内で64便、国際便で71くらいはあるようですから135便くらい?。

となると、あの輝くCAさんが帰りの便のクルーに来てくれる確率は、一便に四人のCAさんとして、400分の4掛ける135分の1として0,000074。つまり「あり得ないよ」の世界の出来事。

そうですね。あり得ないとは思いますが、それでも、「あり得ないこと」を期待する気持ちを心に携えていることも、悪いことではない気もします。確率論的には「あり得ない」ことでも、人生には確率論以外のものも含まれているようですし。

それにあり得ないことは期待するだけでも楽しいです。それが無実な期待であるならば。人生の重要な事柄にについて「あり得ない」ことを当てにしてしまっては困りますけどね。

皆さんも、何がしかの「あり得ない」ことを期待する無邪気な気持ちを持たれますよう。生活をオモシロ楽しくする「味付け」と思ってはどうでしょうか?

(*JALのCA数を400人と書きましたが、これは2017年度の「新規」採用分のみの数のようです。そうですよね、400人ではフル稼働でも一日135便をカバーできません。CAさんの総数は調べきれませんでした。400人の数倍であることは確か。ですから「輝くマイCAさん」との再会は、さらに「あり得ないよ」の彼方へFly awayです。(^-^; )

藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com

Home Page: www.toma.is
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