最近読んだ本のうち、
「夕顔」白洲正子
で、いろいろ共感するところがあり、
「次郎と正子(娘が語る素顔の白洲家)」牧山桂子
を買ってきて読んでみた。
夕顔に書かれた正子のエッセーは、
人の心を慮り、出すぎず、
でも、好奇心はいっぱいで、
なかなか好感がもてるが
娘の手にかかると
お料理はいっさいしない、
自分のことだけに関心があって、
子供が用があっても顧みない、
骨董類など、物欲がすさまじい、となる。
もちろん、肉親の愛があったうえでの記述だから
突き放しているのではない、
かえって、愛すべき親として書かれているのだが
まあ、普通の親ではない。
今日のタイトルは、この本の冒頭、
娘が感じた白洲家の印象だ。
ことほどさように、「書く」ということは
自分に都合がいいように書けるということで、
身近にいるものにとっては、
何をいっている、という気分になるのかもしれない。
いい意味で、ちょっとびっくりした。

「何かが変だ」! クリック!
写真は、蓼科の野菜畑。
ズッキーニが、こういう形でなるというのを
今回初めて知った。
「夕顔」白洲正子
で、いろいろ共感するところがあり、
「次郎と正子(娘が語る素顔の白洲家)」牧山桂子
を買ってきて読んでみた。
夕顔に書かれた正子のエッセーは、
人の心を慮り、出すぎず、
でも、好奇心はいっぱいで、
なかなか好感がもてるが
娘の手にかかると
お料理はいっさいしない、
自分のことだけに関心があって、
子供が用があっても顧みない、
骨董類など、物欲がすさまじい、となる。
もちろん、肉親の愛があったうえでの記述だから
突き放しているのではない、
かえって、愛すべき親として書かれているのだが
まあ、普通の親ではない。
今日のタイトルは、この本の冒頭、
娘が感じた白洲家の印象だ。
ことほどさように、「書く」ということは
自分に都合がいいように書けるということで、
身近にいるものにとっては、
何をいっている、という気分になるのかもしれない。
いい意味で、ちょっとびっくりした。

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写真は、蓼科の野菜畑。
ズッキーニが、こういう形でなるというのを
今回初めて知った。