toty日記

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累犯障害者

2007-03-16 00:05:34 | 
山本譲司著、累犯障害者。
今までタブー視されていた知的障害者を
真正面からとりあげた本。

秘書給与詐欺で入獄し、「獄窓記」を書いた後、
今回のこの本である。

知的障害者は、犯罪が起きた時と、
障害者なのに頑張っているという、
極端な例でしか世の中には登場しない。

内容を全ては書ききれないが、
著者が獄中で知り合った知的障害者の存在から
障害者、特に軽度の知的障害者のおかれている状態を
突っ込んで取材していく。

どうにか日常の生活はこなせるが
情況を判断したり、善悪を判断するすべをもたず、
犯罪をおかしても、公判で用いられる言葉を理解できず、
刑務所が一番落ち着く場所となる。

言葉を獲得するということは、
社会性を得るということに通じるのだが、
そこが欠落したがために、犯罪にいたる例。

どのページからも、重い課題が突きつけられる。
差別につながると、触れられないことの多い問題、
もっと、光を当てて考えていかないと、
と、思わされる。

その中に、著者が入獄していたと知ると
急に親しみをもって、話してくるという場面が、
何回かでてくる。
高いところから物言う人には話そうとしないが
共通点があると、コミュニケーションが
とれてくるということ。

言葉が通じるということは、
お互いが心を開いたところにしか成立しない、
これって、どの場面でも応用できるような気がした。

今日は、読書感想文。


累犯障害者 クリック!

写真は、柳川のさげもん、
レオさんがポンピシャであててくれました。

さげもんを見ながら、橋に上って、

2007-03-14 20:52:45 | さがさん追っかけ旅行
柳川の川くだりを、テレビでやっていたよ
と、夕食の時、舅が言う。

NHKの連続ドラマの撮影用に、
出演者が、船頭さんのように竿を操る練習をしているところが
でたのだそうだ。

そして、
僕もやったことあるけどね、あれは、竿を引き上げる時に
コツがいるんだよ。
最初は、水を一緒にひきあげちゃってね、
びしょびしょになっちゃうんだ。

櫓をこぐのは、けっこうできるんだけどね。
話が膨らむ舅である。

この写真、橋の上にいるのが船頭さん。
このあたりでは、「さげもん」という飾り雛を右手に見て

前を行く舟の船頭さんが、
しゃがんでも、頭すれすれになるような橋で
手を欄干にかけ、えいやと、橋に上った。

舟が橋の下をくぐったところで、また、舟にとびおりて、
喝采をあびていた。

私たちの船頭さんは、60はとうにすぎているようだったが
年よりは、ああいうことはしません。
年寄りの冷や水といわれちまいます、とコメントしていた。

年相応に! 年相応に!

昨夜は、こんなライブに行った。
 喜多直毅 [vn] バンド
 member:佐藤芳明 [acc], 鬼怒無月 [g], 黒田京子 [pf],
 吉野弘志 [b], 芳垣安洋 [drs], さがゆき [vo]

また、夜の部のさがさんを堪能。

年相応に! 年相応に!(笑)


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リスのえさ

2007-03-13 09:48:40 | 日常のあれこれ
一匡邑のことが書かれていて、
時々覗かせてもらっているサイトに、Mさんの話がでていたので、
ご紹介しておきます。

黒須先生とMさんが登場するのですが、懐かしいお顔が
目に浮かびます。


ついでに、覚書。
2004年9月11日、レオさん凡子さんといった
どじょうの飯田屋が、今日のちいさんぽに登場。

日記を繰ったら、2004年は、人様の掲示板に書いていた頃で、
自分の記録はなし。
レオさんの日記で、確かめました。これまた、懐かしい!


リスのえさ! クリック!


ドレミファソラシド

2007-03-12 18:20:16 | 歌・コンサートなど
山吹コーラス隊で
今月は、「ミネソタの卵売り」をやっている。

先日も日記に書いたが
なんとも楽しい曲である。

ところが、一箇所、いつもひっかかるところがある。
二番の途中に、

「卵を産んだり お歌のけいこ
 ドレミファソラシド コッコッコッコ コケッコー♪」

となるのだが、
このドレミファソラシドが、
ラシドレミラシドというメロディーなので

なんか変だな…となる。

かといって、ラシドレミラシドで歌うと
なんか、調子が出ない。

ま、そんなに気にすることもないのだろうが
この箇所にくると、他の人はどうなのだろうと考えたり、
思考がとまる。

昭和26年に作られ、暁テル子が歌ったそうだ。
このところ、この歌が、頭の中に流れることが多い。
歩いていて、いっぱい歩ける歌である。


ドレミファソラシド! クリック!

写真は、山吹の里に飾られていたお雛様。
みねこぺんさんの写真から

3月24日朝8時19分から

2007-03-12 01:27:33 | 山吹の里では
金曜日、さがさんの湘南学園でのコンサートがあった日、
山吹の里では、TBSラジオの取材があった。

Aさんの家での逆デーサービスについての取材だった。
本当は、その日、Aさん宅に行って、
迎える役目を仰せつかっていたが、

さがさんのコンサートに立ち会いたくて
他の方にかわってもらった。

その放送日が、上記の通り。
3月24日朝8時19分から、TBSラジオで流されるそうで、
関心のあるかたは、どうぞ、お聞きください。

約2週間後のことなので、忘れないようにしなきゃ。


3月24日朝8時19分から! クリック!

写真は、ミモザを飾った家。
花がお好きなその家の住人を、想像する。

今日は、短い!
昨日の日記、長くなっちゃって、字数を数えたら
3000字近くあった。(もちろん、PCに計算させて)
原稿用紙にしたら7~8枚じゃないですか。
我ながら、長すぎるよな~と思ったのでした。

さがさんの「ようこそ先輩」

2007-03-10 22:42:16 | 歌・コンサートなど
昨日、さがさんの母校、湘南学園でのコンサートに
お邪魔した。

半年ほど前だろうか。
たにけんさんの同窓ということで、
HAKKAさん、なへなへさんと知り合い
みなさんの日記をみたりしていた。

なへなへさんは、先生をなさっている。
日記を読むと、かなり自由で、開放的な学校らしい。
どうも、場所は湘南らしい。
海岸にたどりついたものを、教材として調べるなんていう
ユニークな授業がある。

あるとき、学校行事の説明があった。
某月某日、これこれのことをした。

ひょっとして、この学校かな?と、ある学校のHPをみてみた。
その行事の日程が日記に書かれていたものと同じ。
ということはと、確信を持ったあと、

そうだ、さがさんは、この学校を卒業したんだ!
と思い出し、お二人に、ひょっとしてそうではありませんかと
お知らせした。

さがさんには、屋形船にご一緒した時、
「私が卒業したのは、小原先生が作られた学校なんですよ」
と聞いていた。
そのせいか、玉川でよく歌う歌をご存知だった。

また、その学校の校歌は、
 もとうよ歌を くちびるに
 …
 今日を楽しく 歌おうよ

と、さがさんの今を思うと不思議と思えるほど
ぴったりの歌詞なのである。

そしてその学校のHPに校歌(学園歌)が
載っていて、まさしく、この歌詞だったのだ。
(こういうことを見つけるときって、本当にわくわくする。)

ということで、お二人が知り合い
今回のコンサートに発展した。


小学校の小ホール、体育館にも変わるようだ。

いつも、夜のお仕事がほとんどのさがさんたちにとっては
朝10時からのコンサートは、きっと珍しいことだと思う。
声の出方だって、朝は調子悪いだろう。

でも、そんなことは、ものともせず、
ハイテンションでコンサートは始まった。

実は、私も短かったが、教職の経験がある。

こういう場に出会うと、
教師の目、親の目、全くの他人の目
それから、さがさんのファン/友人の目、子供になってみる目
いろんな見方で、見てしまう。

さがさんの友人の目では、
さがさんの魅力が存分に出てほしいし、

教師の目では、子供たちに、しぃ~~~、
舞台に注目して! となり、

子供の目になると、あそこは、
早口でよくわからないやと、と思ったり

宇宙語をしゃべってごらんといわれたら
私だったら、どう言おう? なんて、考えている。

親の目になると、
お世話くださったPTAの係りの方の気持ちになってしまう。

まあ、いろんな思いを頭に浮かべながら
10時からは、1・3・6学年
12時からは、2・4・5学年
2回に分けてのコンサートを、一緒に体験した。

まず、はじまりはホールの後ろにある小部屋から登場。

「ピアノの林正樹先生!」と呼ばれると、
手を振りながら、カラフルな水玉模様のTシャツの林さんが
拍手で迎える生徒の間を舞台に向かう。

「次はパーカッションの高良先生!」パチパチパチ

「歌とお話のさがゆき先生!」に、
先日の久留米の時と同じ妖精のような衣装のさがさんが
小走りに進み出る。

楽しい演出。

そして、一曲目は、林・さがのユニット名でもある
「ココペリ」。
超早スキャットの連続に、小さな子供ほど、早く反応する。
少し大人びた子は、様子を見ている。

低学年の反応は、素直に笑いになり、
一つ一つの動作に、笑いさざめく。

きっと、聞いたこともない、見たこともない
初めての「歌」にびっくりしたことだろう。

次は、なへなへ先生に出会った頃作ったと記憶している
「夏の記憶」。
 この歌は、もしかしたら、中高生対象の方がよかったかもしれない
 高学年だったら、歌詞を理解できているかもしれないが

 どちらかというと、さがさんの思いが強く出た曲。
 (校庭の木、ポプラの木をコンサート後に探したが
 見つからなかった。なくなっちゃった…と残念そうだった)

林さんの「2006」
 2x17x59=2006
 算数に強い林さんを紹介する前に、
 子供たちに、国語好きな人、算数は、理科は?

 と手を上げさせると、皆張り切って手を上げる。
 どちらかというと、算数・理科に人気があるみたい。
 普段の授業の様子を、想像する。

 2006の音符で書かれた曲と、説明していたが
 テンポやリズムが、頻繁にかわる難しい曲も、よく聞いている。
 未知なものにも、興味をもって。

「埴生の宿」
 大人なら誰でも知っている曲だが、今の小学生は知らなかった。
 音楽の教科書にはいつ登場するのだろうか。

 でも、曲の持つ素晴らしさは、伝わっていく。

 なにより、なへなへ先生が、ウクレレを持って
 加わると、先生のクラスの子供たちから
 ウォーっと、どよめきが起こり、
 先生ガンバレのオーラがみなぎる。
 先生、すごい! と得意そうな子供たち。

 一番は、なへなへ+さが
 二番は、英語の歌詞。英語を習っている生徒達は理解したかな?
 三番は、日本語で力強く。
 それぞれに特徴付けて、聴きごたえがあった。

「学園歌(校歌)」
 これは、圧巻だった。
 最初に、これは皆がよく知っている歌ですと説明した後、
 JAZZアレンジした曲にあわせ、さがさんがハミングする。

 しばらくは、シーンと聞いている。

 少し時を経て、隣と顔を見合わせて、ひそひそと話し合う子供達、
 2コーラスおわったところで、さがさんが皆に聞く。
 なんでしょう?

 「学園歌!」

 「じゃ、みんなで歌ってみよう!」
 で大合唱。
 自分達の校歌がこんなに素敵だなんて、きっと再認識したのでは。
 先生方も、大きな声で皆さん歌っていた。

 その興奮さめやらぬところへ、今度は「モノニクス」
 かわいい恐竜、一つ角がある、
 登場するのは、おとうさん、おかあさん、小学生、それに赤ちゃん

 それぞれの声色で、自由自在な会話を披露したり、
 恐竜をぽんと飛ばすと、子供達は、キャッチする。

 空想の世界にすぐ入り込める子供達、さがさんのこのての曲は
 子供達のためにあったのではないかと、思えるほど、
 子供達が自由に遊んでいる。見ていても楽しい。

そして最後は、「五月の風の中で」
 さがさんのライブでも、最後に歌われることが多い曲。
 渡り鳥が、寒いところから暖かいところへ飛ぶ時、
 反対側から、飛んできた鳥と出会う話のあと
 さがさんが静かに口笛をふきだすと

 さわさわと風がふくかのように、さざなみのように口笛が聞こえてきた。
 録音したものでも流しているかと思うほど、ほどよい音量で
 かすかに聞こえる。

 よく見ると、子供達が唇をとがらせて、吹いている口笛、
 マスクをわざわざあごにずらし、必死で吹いている横顔。
 いいな、いいな、自然につられてはじまった口笛。

 音楽に身体で反応する子供達。
 さがさんが歌い終わると、惜しみない拍手。

 また、「先生たち」を拍手で送って、コンサートは終わった。

そのあと、さがさんが
先日の久留米のコンサートといい、
この日のコンサートといい、夢見ていたことが
一挙に実現するなんて、

私、もう死んじゃうんじゃないかと思うほど幸せ!
こんなに幸せでいいのかな?といっていた。

私は、今まで頑張ってきたことへのご褒美だと思うな。

その後の話は、また明日。
また、長文になっちゃったね。


さがさんの「ようこそ先輩」! クリック!

写真は、帰り道に咲いていたミモザ


さがさん追っかけ旅行その6

2007-03-09 22:38:19 | さがさん追っかけ旅行
いよいよ、今回の旅行の目的、
久留米文化センターで「誰かがどこかで歌ってる」を見る。

久留米駅から歩いて、文化センターへ行く途中、
こんな看板がでていた。

(コンサートの帰りに、この看板をみると、
さがゆき+だるま食堂が連想されて、大笑いしてしまったもの)

さがさん、これ見たかな? などといいながら
文化センターにつく。

20分前くらいだったが、
すでに、幕前に永六輔がでて、お話をしている。
あ、もっと早く来ればよかったと悔やまれた。

たびたび、六輔さん、「まだはじまってません」といいながら
八大さんの生の声と演奏が入った録音テープを説明し、
すでにしっかりとお客さんをつかんでいる。

土曜の午前、いつもTBSの永六輔の番組を聴いているので
初めて見たとは思えない親近感がわく。


最初は坂本スミ子の「夢であいましょう」で始まる。
往年の声量と、明るさと、大阪弁で、
変わってないな~と、思わせる。

次は、地元で活躍しているMAMIさんというJAZZの方、
響く歌を披露。

その次が、さが+渋谷コンビ。
紹介の時、お奨めしたいCDですと、
「See you in a dream」を、掲げて説明。

言葉を大切にしたCDと、
最大級の褒め言葉だと思いました。

言葉の大切さを何時もいっている永さんだから。

その前に、渋谷さんだけで登場の後、
戦後、永さんがラジオから覚えたという「テネシーワルツ」
全ての音に母音がある英語に、会場が沸き、
渋谷さんのピアノを無視して、どんどん進む歌が
ご愛嬌として入る。


渋谷さんは、いつもの通りのシャツにGパン、
さがさんは、黒を主とした妖精のような衣装。

黒い帽子、ふわりとふくらんだスカートの前部がちょっと短め。
そして、黒いブーツで、かわいい。

お二人は、その前のMAMIさんの歌と対照的に、
そぎ落とした音で綴る。

黄昏のビギン
上を向いて歩こう
雨の遊園地
一人ぼっちの二人

十数年、お二人で練りに練って作り上げてきた
歌が響く。

雨の遊園地では、空色の傘をくるくるまわして
舞台を右に左に歩きまわるさがさん。

普段、ライブハウスでは一箇所でじっと歌うことが多いので
(ケロフクは、例外だが)
舞台からおっこちないかと、心配してしまう。(親心に近い…)
でも、無事歌い終わり、みなの心に暖かな気持ちが残る。

そのあと、永六輔さんご推薦の「だるま食堂」。
お笑いなのだが、歌はしっかりとしている三人組。

色とりどりのカツラをつけ、
はと胸でっちりを強調したコスチューム?

テンション高く、
永さんが、今まで出た人たちは確立されたものをもっているけど
この人たちは、見なかったことにしてくださいと、
しきりに言っていたが、実に面白かった。

会場を沸かせるすべをしっかり持っている。

あまりにその姿が印象的だったので
終わった後に、出演者がそろってロビー横に集まっていらしても、
素になったその三人組がわからなかった。

その後、またぐっと陽気に
坂本スミ子がラテンを歌う。エルクンバン・チェロ♪
アドロ♪

そして、楢山節考の主題歌、親を眠らす子守唄
小さいながら、舞台を狭く感じさせる大きさ、歌の力か!

次に、
デュークエイセスの
ジェリコの闘い
夢あいメドレー
 夢であいましょう、いつもの小道で、
 こんにちは赤ちゃん(原作のお父さんバージョン)、
 ふるさとのように、帰ろかな、目を閉じて、遠くへ行きたい
 おさななじみ、どこかで、歌え!君のうたを

いつも、さがさんのしっとりした歌を聴き続けていたので
「どこかで」のオリジナルはこんなだったっけ?と思うほど、
明るく響く。
そして、おさななじみ~その後
 おさななじみが、おじいさんや、おばあさんになって
 孫を目に入れたり出したりの歌詞や
 
 最後に、おさななじみの思い出は、
 青い…、りんご? みかん? ぶどう?
 と、思い出せなくなくて戸惑う歌詞になっている。

 これ、絶対、山吹にもって帰って、
 k-takさんにやってもらおうよと、Aさんと囁きあう。

大好きな「女ひとり」
「筑波山麓(男性)合唱団」
(男性は、タイトルにはないんですね…初めて気付きました)
Dry bones
Memory

デュークエイセス独特のハーモニーと、リズム感とで
「夢であいましょう」の番組を見ていた頃を
思い出しました。

姉と一緒に、どの歌も口ずさめるほどに覚えたな~
このコンサートを一緒に見たかったな~

まわりの席にいらっしゃるお客さんみなが、
青春の日に帰っているなと思ったのです。

最後のフィナーレは、全員が出てきて
夢であいましょうを歌う。

あとで、さがさんが、渋谷さんたら、
「うれしげにのあと、なんだっけ?」
と、心配そうに歌詞を確認していたのよと、教えてくれましたが
横一列に出演者が並んで、渋谷さん、照れているかのようでした。


東京から、Iさん、vivianさん、
そして、空色クレヨンさんが現地から参加。

本当に楽しいショウでした。
中高年層には、こたえられない内容でした。

帰り、Aさんとあの内容を見たい人は
もっと、いっぱいいるだろうな~、
もし、豊島区でやるとしたら
会場は芸術劇場か、
主催は豊島区と教育委員会
後援に、あの店、あの企業と、勝手に想像。

きっぷもぎりぐらいはやるから

誰かにこんなのやらない?と
焚きつけたいね、と話していました。
私たちって、観て満足じゃないのよね…と
またまた、妄想をふくらましていたのです。

夢はね、見続けると叶うのですよ。

坂本スミ子さんの健在ぶり、
デューク・エイセスの厚みのある声の力、
前にすわっていた白髪のおばあさんの
拍手っぷり、
思うところがいっぱいあるステージでした。

これで、追っかけ旅行も完。
長々のお付き合い有難うございました。


実は、今日、また、さがさんの母校でのコンサートに行ってきました。
その後、鵠沼のあちこちをお散歩、
ビールで乾杯、でいっぱいお話し、
江ノ電に乗って、海を見て、帰ってきました。
横須賀線の車内では、私うとうと、さがさん譜面見。

よかったら、夜「なってるハウス」だからと、
誘われましたが、ダンナがスキーに行く用意に手間取り、
夜の部はあきらめました。

さがさんは頑張ってます。すごい!

今日のことは、また明日くわしく。


夢であいましょう!

さがさん追っかけ旅行その5

2007-03-08 22:04:27 | さがさん追っかけ旅行
3月4日、コンサート当日。
午前は何処に行こう?

前日行かれなかった、大宰府と、
評判がいいという九州国立博物館の若冲展に行くことにする。

ホテルのそばの店で、
日本の典型的朝ごはん、納豆定食350円也を食す。
ドンピシャの答え、これだったのですよ!)
無料のお漬物がおいしかった。満足、満足。

そして、大宰府へ。
早く宿を出たので、着いたら9時30分くらい。
お土産屋さんの並ぶ中をいくと、

無料ガイド」の看板が目に入る。

ちょっときいてみようと、立ち寄ったら
ボランティアの方が、大宰府を案内してくれるとのこと。

10時になったらきてくださいといわれ、
時間までおみやげをみつくろう。

時間に行ってみると、私たち二人だけ!
二人っきりで、
とても丁寧なガイドの方(最初の写真)に説明を受けながら散策。

二人とも、質問攻め。
ああ、そうなんですか。
知らなかった、で、これは? の連続。

きっと、普通の方より時間をかけてくださったのでは?
1時間たっぷりと、お話を伺いながら歩きました。

参道から入ってつきあたり、
瓦の模様が梅、でピンク。



東風吹かば…の碑



石の鳥居、よく見ると、古い部分と新しい部分が
組み合わさっていて、楔で止めてある。
ただ、組み合わせてあるだけ。
よく瓦解しないものだ。



太鼓橋のたもとにある、建物。
基礎は和風。



この扉等は、唐風。



屋根部分は、天竺風。



振り返れば、こんな屋根。建物と言うより、工芸品ですとの説明。



太鼓橋をわたる。その手前右が、上の建物。
左から、池を見ると、亀のおしあいへしあい(←どんな漢字なのでしょうね)



赤い太鼓橋。渡っている人たちは韓国からの観光旅行の団体。
赤いおそろいのチョッキ、聞こえてくるのは、韓国語。
赤で橋とも、おそろい。



キリンの像。
戦中の金属供出で、一回はここから持ち出されたものの、
溶かされずに無事戻ったとのこと。
最近の、半鐘や車止めの運命を、思い出す。

キリンビール、グラバー亭のグラバーさんにも、話が及ぶ。

ガイドさんが、「長崎の、ほらほら、外人さん、」と
頭を軽くたたきながら、思い出そうとしていて、
私たちが、声を揃えて「グラバーさん?」
「そうそう、そのグラバーさん」ここだけでも、10分くらい。



手水舎の岩が、一枚板、そこの真ん中に亀の彫り物。
Aさんが、浦島太郎の亀だ~!(残念ながら、写真なし)

そして、天満宮の正面。提灯が珍しくない?



そして、その屋根の拡大。ぎっしり重ねられた皮。
最近では、葺くのが大変だそうだ。



菅原道真を追って、都から一夜にして飛んできたという
飛梅、もう花は終わっていた。
「飛」という字が、小鳥が三羽いるように見える。
(ここまでは、ガイドさんの話)

だるま食堂を見た方は、ここで、
「う~、サンバ!」と、やりましょう!



境内の枝垂れ梅。
カメラの色調が、本物と程遠いのですが、
そこは、もっと濃い色と思ってみてください。



裏手にまわり、摂社が幾つか並んでいる。
摂社というのは、道真の家族をまつったもの。
子供の摂社が、長男、次男、三男、四男とある。

他にも子供がいたんですよ。全部で23名。
ひえぇ~~、23?
当時は通い婚ですからね。

そうか~、通い婚か~、どんなだろうね?
いろいろ、想像。話題は源氏物語まで飛ぶ。

最後に、記念撮影をして、ガイドさんとわかれ、今度は若冲展へ。

帰り、他のガイドさんが10人くらいの団体を案内しているのに会う。
皆、黙って聞いているのみ。
私たち担当のガイドさんにくらべると、きっと、半分の時間でしょう。
担当のガイドさんに感謝。

最後に、足元に咲いていた、すみれ。



ああ、まだ、コンサートにならないですね(笑)


まだ、大宰府! クリック!


さがさん追っかけ旅行その4

2007-03-08 00:38:03 | さがさん追っかけ旅行
なかなか、さがさんのコンサートにたどり着かないのですが
しばらくお付き合い願います。

赤間の姪の家から、ホテルのある天神に戻り
ホテルで、小倉から訪ねてくれたびゅうさんと再会。

びゅうさんは、ピアノデュオで山吹に出演してくれ、
その後も何回か手伝いに来てくれた方。

学校を卒業後、故郷の福岡に帰ってからも
東京に用があると、山吹に顔を出してくれた方。

柳川で別れたAさんが、唐津から帰るのを待って
三人で、天神の町へ。

夜は、前の日に見つけて、楽しそうだったので
「ざうお」に夕食を食べに行く。

このお店、大きな水槽があって、
その中に舟が浮かんでいる。

舟に席はとれなかったが
水槽の周りに個室があり、
窓をあけると、釣りができる。

腕に覚えのあるAさんが、釣ってみるということで
とらふぐを狙う。



エサのサーモンが、ふぐの口に入って、それっ!とひくと、
釣りあがり、網で受ける。

釣れると、お店の人が集まってきて、
「Aさんが、ふぐを釣りました!
おめでとうございます!」 パチパチパチと拍手。

「では、Aさんがふぐを釣ったのを祝って、
一本じめいきます~!」

威勢よく、「よっ!」 パチッ!

釣ったとらふぐの刺身、身がぷりぷりしておいしい。
お店全体、勢いがあって、乗せられてるのは承知だが
大いに楽しむ。

総じて九州に来てからの、お店の人は
愛想がいい。いい気分にしてくれる。

牡蠣(これがまた、おいしい!)
地鶏
ふきのとうの天麩羅
菜の花の天麩羅
ほっけの開き
梅茶漬け、等等



美味しい、美味しいと
おなかがぱんぱんになるまで頂く。

びゅうさんの近況を聞き、
しっかり生きてるな、頑張ってるなと、これまたいい気分。

こうして、九州二日目の夜は、更けていくのであった。
(続く。いよいよあすは、コンサートになるかな?)


びゅうさん、元気そう! クリック!

さがさん追っかけ旅行その3

2007-03-06 22:26:41 | さがさん追っかけ旅行
柳川を14時4分発、天神から地下鉄で博多へ、そして
鹿児島本線の赤間駅についたのが15時59分。

東京の、電車が出て行ったかと思うと、
またすぐ来るという交通に慣れていると
乗り換えや、時間待ちが思いの他かかる。

急行や貨物列車待ち合わせに、8分停車といわれると
ええ? そんなにと思うが、
東京が異常なのかもしれない。

姪のAYAちゃんが改札に迎えにきてくれて、
Sちゃん(ご主人は)、これから結婚式に出席のため
お出かけとのこと。

なんと行き先が、私たちが今回泊まった天神のホテルの
すぐそばらしい。

なんだ、それじゃ、家族で来てもらったのでもよかったかな?
なんて思ったが、姪の家でのんびりするのも悪くない。

子供達と、話をしたり
おおはるさんの噂をしたり、
最後にはせがまれて、ババヌキをする。
トランプなんて、いつからやっていないだろう?
しばし、不思議な時間が流れる。

ダンスを習っているはるちゃんのビデオをみた。
ちょっとピントがあってないが
最初に、これがはるちゃんと聞いてから
その人物が右に行ったり左に行ったりを
目で追いかける。



トランプのマジックで伏せたカードを
追うのに似ている。
今、ここねっと指差し、
あ、飛んだ!
などという会話が続く。
この写真では、多分、右端。



庭には、摘んだ草を使って作ったという
ティーバッグがぶらさがっていた。

家中、Sちゃんの手作り家具だらけ。
何でも作ってしまう親を見ていると
ままごと遊びも、ユニークなのかな!

18時10分の汽車に間に合うよう、家を出る。
2時間余りの本当に短い時間だったが、
久しぶりの姪一家、会えて楽しかった。


AYAちゃん、久しぶり! クリック!

AYAちゃんをご存知の方は、ちょっとの間だけ、
写真見られた?
見られなかった人は、
ティーバッグの写真をクリックしてみて!

さがさん追っかけ旅行その2

2007-03-06 00:56:36 | さがさん追っかけ旅行
今回の旅は、さがさん参加のコンサートと
姪一家に会うことを、最初に考えた。

宿と飛行機の手配だけして、
それ以外は、いきあたりばったりだった。

3日の朝、さて、今日は?
そうだ、大宰府の梅でも観にいこうかと、
西鉄の天神駅に行ったら、
柳川川下りクーポンを売っていた。

そこで、これだ!
これにしよう! と急遽変更。

まずは、川くだり。
竹竿をするするとうまく操る船頭さんが
説明してくれるうち、掘割を進む。



たまたま3月3日だったので、
川岸に、お雛様が、何箇所か飾ってある。



柳の芽、梅、桃、白木蓮、水仙、
春らしいみずみずしい緑のなか、おおいぬのふぐり。



カッパの寝そべった像、



北原白秋の歌碑の数々、



普通の住宅の裏に面して、それぞれの家の
さまが手に取るように見えるところもある。



川上りの舟から、赤い毛氈をひいた階段をあがって、
花嫁が入場する結婚式場もある。

松岡修造がテニス留学した学校と、寝泊りした寮、



内山田洋が通った小学校、
(ドンピシャで、洋といえばとやったばっかりだったので
ひとり、おお!と声をあげ(笑))

あひる、鴨、たにし、



福岡ウォーキング会のご一行様、



自転車に乗ったおじさん、


小野ヨーコのおじいさんの家、


待ちぼうけの像、


レモンのなった木、


まちぼうけを歌ってくれる船頭さん。
乗っているみんなも歌う。
終わって、間奏も歌う、
らーらら、らっらららら ららららら~。

70分間、時間がゆっくりゆっくり流れる。
川岸を歩く人の方が早い。
いいな~、こんな時間。



とてもリラックス。
おりて、北原白秋記念館に向かう途中、
ポスターを見つける(一番上の写真)。

あ! さがさんと渋谷さん!
そして、柳川鍋をお昼に食べ、
タクシーで柳川駅に。

車内で、ポスターをみたよと、さがさんにTEL
体調が思わしくなく、九州に行かれるか心配していたが
元気な声が聞こえる。

あ、とっつぃさん? 今からでかけるの
元気になったのね、よかったよかった、じゃ、あしたね、

Aさんも、携帯から漏れた声を聞いて
元気そうでよかったよかった。

Aさんは、唐津にいきたいと
運転手さんに聞くと、それにはタクシーといわれ、
彼女は唐津へタクシーで、

私は柳川でおり、姪の家のある赤間へ。(続く)


柳川下り! クリック!

さがさん追っかけ旅行その1

2007-03-05 08:05:48 | さがさん追っかけ旅行
またまた2~3日お休みしたので、何処かへ行ったと
思われたことでしょう。
その通り!

今回は、さがゆきさんが参加した
コンサートを観たくて、毎度おなじみ山吹司会のAさんと
九州は福岡まででかけた出かけた顛末、
しばらくお知らせします。

今日のところは、大まかな出来事を目次風に。

3月2日、羽田発19:45発の飛行機で、福岡へ出発。
深夜行った天神湯の華にてAさんジェットバスでひっくり返る事件勃発

3月3日、柳川、川くだり&北原白秋記念館 → 赤間で姪一家と会う
→ 天神のホテルで、小倉に住むびゅうさんと待ち合わせ一緒に食事
→ こりずに、またまた天神湯の華で、疲れを癒す

3月4日、大宰府天満宮散策、九州国立博物館で若冲展を観る 
→ 久留米文化センターで「誰かがどこかで歌ってる」を観る
http://www.ishibashi-bunka.jp/event/2006/onngakunosaitenn/onngakunosaitenn.html

とても密度の濃い時間を過ごしました。
くわしくは、少しずつ書きます。


さがさん追っかけ! クリック!

写真は、柳川の川下りの船頭さん。
「こ~とし60のおじいさん♪」を思い出しませんか?

お礼の相場

2007-03-01 21:13:07 | 日常のあれこれ
先日、樋口恵子さんの講演会を聞いた。

まず、目白小学校(その頃は豊島第五小学校といったそうだが)卒業で
地元で育った人だった。

年齢は、今の天皇と一緒で、
何かの行事で皇太子時代の天皇が学習院に来る時には
並んでお迎えをした記憶があり、
学童疎開の経験がある。

そんな話から入っていった。
やはり、話しなれているので、
要所要所、笑わせたり、話はうまい。

日本人の年齢構成の話などから
高齢化しても、夢をもつ
好奇心を持つ、
そうやって、元気な老人になろう、がかいつまんだ話。

ところで、この講演会もただではない。
私たちは、無料で聞かせていただいたが、
地元の第五地区が主催だから、
講演料が渡される。

この、講演会の講師のお礼というのは、
相場があって、ないようなもの。

過日、知人がタレントを呼んだら、
1時間ほどの話で、70万円支払ったと聞いた。

今回も、事情を知る方から、
地元なので、とてもお安い金額で講演していただいたと
聞いた。

以前読んだ、「佐賀のがぱいばあちゃん」の中に
島田洋七が、漫才ブームの時は、
一回の講演で、200万円がばっかばっかと入ってきた、
なんていう表現があった。

人寄せパンダと割り切って、
知名度優先の講演会もあるだろうし、

主催者をよく知っていて「ご好意で出演」、
お車代に近い金額の場合もあるだろう。

何十万も出せる組織は、そうはない。
でも、感覚が麻痺しそうな額である。


音楽家の出演料も、似たところがあって、
しっかり契約した後、支払われることもあれば

そういう話は、余り表だってせず、
あとで、封筒を開けて、額を知るなんてこともありそうだ。

山吹の里のコンサートは、
大変申し訳ないのだが、皆様の好意に甘えている。
お礼できるのは、マスコット、喫茶の抹茶アイスなど。

でも、皆さん、喜んで出てくださった。
貴重な体験でもある。


お礼の相場! クリック!

写真はクリスマスローズ。