2018年10月6日から、船中泊を含む2泊3日の日程で、ブログにも何度か登場した札幌「すし万」を訪ねる、男4人の旅に出かけました。

台風25号が接近する中の出発で、八戸から苫小牧に向かうフェリーが欠航になるのかと心配しましたが、予定通り出港ということでひとまず安心。

出港してしばらくは、揺れもそんなに感じませんでしたが、おそたく大間崎沖と思われる午前2時頃は揺れる揺れる。
うとうととしながらもそれなりに眠ることが出来ました。
午前5時。日高の海岸線沿いに明かりが見えてきました。
白波が立っていますが、揺れは感じません。

GPSを使った位置情報と、到着予定時刻をモニターで知ることが出来ます。


昨夜は風も強かったようで、海鳥が甲板で休んでいました。

北海道上陸。
台風25号は昼頃にかけて北海道に最接近という予想ですが、雨は降っているものの風は強くはありません。

苫小牧から札幌のホテルまでは、高速道路をで1時間10分程度。一般道でも1時間45分程度なので、ぶらり寄り道旅。
支笏湖に向かう計画でしたが、メンバーの一人が、4号機タービン建設に関わった技術者ということで、最近知名度上昇の「苫東厚真火力発電所」へ向かうことにしました。

初めて会った歩いていたのは、人間ではなく「シカ」。


時刻は午前6時45分。
北海道で創業したコンビニエンスストアチェーン「セイコーマート」で一休み。

次に向かったのが「鵡川(むかわ)」。
「鵡川の柳葉魚(ししゃも)が食べたい」と言った輩がいたことから、鵡川に向かうことに。この時間、食べられるはずもないのに…。
雨は降ったりやんだりの天気。
道路と並行する日高線は、北海道胆振東部地震に伴い運転見合わせ中です。

鵡川に着きましたが、店はどこもやっていません。

道の駅でトイレ休憩。地震の痕跡がありました。

「むかわ町」は柳葉魚の他に恐竜「むかわ竜」でも知られています。
「むかわ竜」とは、2003年(平成15年)旧穂別町(現むかわ町)の約7200万年前の地層から尾椎骨の一部が見つかり、クリーニングした骨化石を並べたところ、白亜紀後期の植物食のハドロサウルス科恐竜で、全長8メートル超、体高約4メートルと推定され恐竜の通称です。

駐車場には、むかわ竜のマスコットが。

ドラえもんの、どこでもドア?

開けてビック!
むかわ町で行っている街歩き宝探しゲーム「むかわ町シスト」のキャラクター「シスト男爵」だそうです。アンモナイトがモデルとなっていて、見た目が怖いけどとても心優しい紳士という設定だそうです。


まだ午前7時半過ぎ。苫小牧に戻って朝食にします。
ちょっと雨が強くなってきました。

地理不案内につき、朝食は「吉野家」。
十数年ぶり、いやもっと前?
どうしても吉野家の牛丼は、若いときの「ゴム丼」のイメージが強いので、「豚生姜丼 並盛り」。

朝食の後は支笏湖に向かいます。

初めての支笏湖は雨だった。


天気が良ければ、こう見えるそうです。
ビジターセンターのテーブルには、よく晴れて時の写真が置かれていました。

それでも、支笏湖で一番見たかった「山線鉄橋」までは行ってみました。

「山線鉄橋」は、支笏湖に現存する北海道最古の鉄橋です。
元々はこの場所ではなく、北海道官設鉄道上川線(現在のJR函館本線)の砂川駅・妹背牛駅間にある空知川に架けられていた、「第一空知川橋梁」として使われていました。
しかし、橋の設計荷重が小さく輸送量の大幅な増加に対応できない事などから、1923年(大正12年)、新しい橋に架け替えられ、旧第一空知川橋梁は王子製紙株式会社に払い下げられました。
その後、王子製紙は旧第一空知川橋梁を「湖畔橋」として現在の場所に移設し、当時苫小牧・支笏湖間で運行していた王子軽便鉄道(通称:山線)の鉄橋として再利用しました。 このことから「山線鉄橋」と呼ばれることになりました。
王子軽便鉄道は、1951年(昭和26年)、道路整備などが進み廃止されましたが、その後、1967年(昭和42年)に、湖畔橋は支笏湖のシンボルとして王子製紙から千歳市に寄贈され、以降は道路橋・歩道橋として再び使わるようになりましたが、老朽化が著しい事から1994~1996年(平成6~8年)にかけて、「現地で原型保存、現役で使用」を基本構想として大規模な解体修復工事が行われ1997年(平成9年)、湖畔橋は現在の状態に復元されて、歩行者専用橋の「山線鉄橋」となって現在に至っているそうです。

まだ午前10時。
つづく

台風25号が接近する中の出発で、八戸から苫小牧に向かうフェリーが欠航になるのかと心配しましたが、予定通り出港ということでひとまず安心。

出港してしばらくは、揺れもそんなに感じませんでしたが、おそたく大間崎沖と思われる午前2時頃は揺れる揺れる。
うとうととしながらもそれなりに眠ることが出来ました。
午前5時。日高の海岸線沿いに明かりが見えてきました。
白波が立っていますが、揺れは感じません。

GPSを使った位置情報と、到着予定時刻をモニターで知ることが出来ます。


昨夜は風も強かったようで、海鳥が甲板で休んでいました。

北海道上陸。
台風25号は昼頃にかけて北海道に最接近という予想ですが、雨は降っているものの風は強くはありません。

苫小牧から札幌のホテルまでは、高速道路をで1時間10分程度。一般道でも1時間45分程度なので、ぶらり寄り道旅。
支笏湖に向かう計画でしたが、メンバーの一人が、4号機タービン建設に関わった技術者ということで、最近知名度上昇の「苫東厚真火力発電所」へ向かうことにしました。

初めて会った歩いていたのは、人間ではなく「シカ」。


時刻は午前6時45分。
北海道で創業したコンビニエンスストアチェーン「セイコーマート」で一休み。

次に向かったのが「鵡川(むかわ)」。
「鵡川の柳葉魚(ししゃも)が食べたい」と言った輩がいたことから、鵡川に向かうことに。この時間、食べられるはずもないのに…。
雨は降ったりやんだりの天気。
道路と並行する日高線は、北海道胆振東部地震に伴い運転見合わせ中です。

鵡川に着きましたが、店はどこもやっていません。

道の駅でトイレ休憩。地震の痕跡がありました。

「むかわ町」は柳葉魚の他に恐竜「むかわ竜」でも知られています。
「むかわ竜」とは、2003年(平成15年)旧穂別町(現むかわ町)の約7200万年前の地層から尾椎骨の一部が見つかり、クリーニングした骨化石を並べたところ、白亜紀後期の植物食のハドロサウルス科恐竜で、全長8メートル超、体高約4メートルと推定され恐竜の通称です。

駐車場には、むかわ竜のマスコットが。

ドラえもんの、どこでもドア?

開けてビック!
むかわ町で行っている街歩き宝探しゲーム「むかわ町シスト」のキャラクター「シスト男爵」だそうです。アンモナイトがモデルとなっていて、見た目が怖いけどとても心優しい紳士という設定だそうです。


まだ午前7時半過ぎ。苫小牧に戻って朝食にします。
ちょっと雨が強くなってきました。

地理不案内につき、朝食は「吉野家」。
十数年ぶり、いやもっと前?
どうしても吉野家の牛丼は、若いときの「ゴム丼」のイメージが強いので、「豚生姜丼 並盛り」。

朝食の後は支笏湖に向かいます。

初めての支笏湖は雨だった。


天気が良ければ、こう見えるそうです。
ビジターセンターのテーブルには、よく晴れて時の写真が置かれていました。

それでも、支笏湖で一番見たかった「山線鉄橋」までは行ってみました。

「山線鉄橋」は、支笏湖に現存する北海道最古の鉄橋です。
元々はこの場所ではなく、北海道官設鉄道上川線(現在のJR函館本線)の砂川駅・妹背牛駅間にある空知川に架けられていた、「第一空知川橋梁」として使われていました。
しかし、橋の設計荷重が小さく輸送量の大幅な増加に対応できない事などから、1923年(大正12年)、新しい橋に架け替えられ、旧第一空知川橋梁は王子製紙株式会社に払い下げられました。
その後、王子製紙は旧第一空知川橋梁を「湖畔橋」として現在の場所に移設し、当時苫小牧・支笏湖間で運行していた王子軽便鉄道(通称:山線)の鉄橋として再利用しました。 このことから「山線鉄橋」と呼ばれることになりました。
王子軽便鉄道は、1951年(昭和26年)、道路整備などが進み廃止されましたが、その後、1967年(昭和42年)に、湖畔橋は支笏湖のシンボルとして王子製紙から千歳市に寄贈され、以降は道路橋・歩道橋として再び使わるようになりましたが、老朽化が著しい事から1994~1996年(平成6~8年)にかけて、「現地で原型保存、現役で使用」を基本構想として大規模な解体修復工事が行われ1997年(平成9年)、湖畔橋は現在の状態に復元されて、歩行者専用橋の「山線鉄橋」となって現在に至っているそうです。

まだ午前10時。
つづく