四季おりおり

自然散策そして音楽のことなど・・・ 
2010年秋より里山・谷戸歩きで見た風景や蝶・花の紹介が増えてきました。

子雀

2011-06-27 14:37:00 | 
6月25日

「子雀の声がしきりにしている。庭のブライダルベールの葉の陰にいる」と妻が言う。場所は野良猫の通り道に近い所。それは大変だ、助けてあげねばと、近付いて両掌で包むようにして保護しました。隣の家の屋根や電線には数羽成鳥の雀がおり、こちらをうかがっていました。
2階の出窓に植木鉢の皿を置いて子雀を乗せ、水を上げようとしましたが、飲む素振りはありませんでした。

幼少時代より虫や鳥に親しんでいる基さんに電話で「子雀を保護したけど、餌やりはどうすればいいんですかね?」と尋ねてみたところ、「小学校2,3年の頃、子雀を捕まえて飼ったことがある。柔らかなご飯粒を小さくして楊枝で与えた。これだけでは蛋白質が不足するので、カトンボを時々上げた。育てると肩に乗るようになるんですよ」と教えてくれました。



明日は留守にするので餌不足になる。カトンボもいない。「ハエでもいい」というが・・・。そこで親鳥が餌をやりに来ることを期待してその場を離れ、暫くして2階に行ってみると、子雀は出窓を下りて2階の屋根の陰に移動していました(18:22)。



近くに親鳥が餌をくわえてやってきました。



餌を上げています。



遠巻きに見る成鳥の雀たち。お互いに鳴き交わしていました。
子雀は屋根で滑っては這い上がるなどしていました。



日は暮れ、雀たちの声はしなくなり、子雀は隅っこで眠り込んでいるようですた。あまりに無防備で朝方烏に狙われると思い、細工をするには手の届きにくい場所でしたが、仮のシェルターを設けました(20:35)。

6月26日

朝、4時20分頃見ると、子雀は同じ場所で目を覚ましていました。



6時過ぎに雨戸を開けると、子雀は2階から飛び降りて、庭の駐車場辺りでピーピー鳴いていました(6:17)。親鳥が誘導したのでしょうか。子雀は飛翔はできないが、地上に舞い降りる程度の羽ばたきはできるのではないかと思います。まだ飛べないうちに巣から落下したのかもしれません。



一人前に毛繕いもします。
8時位から植木の刈り込みで人が来て庭で作業していたためか、その日の日中、子雀は姿を隠していました。

6月27日



朝、玄関を開けると、子雀がいました。よかったァ!植木鉢の間に隠れたり、表に出てきて鳴いたりしています(9:26)。近付くと物影に隠れます。親鳥は常に子雀の居場所を把握しており、餌をやりに来ています。カラスの鳴き声がすると、雀の成鳥たちは子雀の近くから離れ、右に飛ぶもの、左に飛ぶものがいてカムフラージュしているようです。

子雀は現在もオープンな場所にいてチリチリチリチリ鳴いています。親鳥から見えるようにしているのだと思います。時折ハシブトガラスが上空を飛ぶのが見えますが、幸いなことに野良猫が庭を通るのを見かけていません(13:45)。
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ヒヨドリ集団の津軽海峡越え

2011-01-21 13:23:00 | 
NHKの「ダーウィンが来た」で秋に北海道のヒヨドリが津軽海峡を渡って本州に移動する様子を放送していました。秋になるとヒヨドリが北海道から本州に渡ることは知られていますが、船や飛行機を使ってそれを追跡し、渡りの実態を明らかにしてくれる貴重で興味深いレポートでした。

ヒヨドリたちは、渡りをする10月になると北海道南端の白神岬に何万羽も集まります。その後対岸の見える日に意を決したように2,000羽の大集団で一斉に飛び立ち、海面すれすれに飛行して一路20km先の津軽の竜飛岬を目指します。海面すれすれに飛ぶのは、ハヤブサの来襲を逃れるため。また、ハヤブサは時速300kmで急降下し、はぐれたヒヨドリを襲うので、目をくらますため大集団で飛行します。危険に曝されて 岬に戻ることもあります。
低空飛行中に3mもの大波に遭遇すると、集団はその波の中に突入し(雲隠れ)、大波の向こう側からそのままの隊列で空中に飛び出してくる術には驚きました。
海を渡るのは1年に2回。いつの間にこのような渡りの術を身に付け子孫に伝えているのか不思議です。
途中、カモメの来襲も受けますが時速50kmの速さで逃げ何とか無事に竜飛岬に辿り着きます。海峡を渡る所要時間は約1時間、ほぼ最短距離で飛行します。ヒヨドリたちはここで解散し、南方へと思い思いの旅に出るとのこと。最も遠いところでは長野県まで渡っていくことが分かっているそうです。また春になると、若鳥も加わった大集団で北海道に渡ります。

先日のニュースで大雪の新潟県の様子を報道していましたが、雪の中で餌を探すのかヒヨドリの姿が写っていました。北海道のヒヨドリたちは寒さを逃れるため南下する。では新潟の豪雪地帯のヒヨドリが雪の降らないさらに南方まで移動しないのは何故なのか?次々に新しい疑問が沸いてきます。
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コアジサシの郷づくり

2008-03-22 21:06:00 | 
先週(3月15日)、小田原市主催の「コアジサシの郷づくり」に参加しました。
コアジサシは、4月中旬にオーストラリア、ニューギニアから小田原市の酒匂川中洲など限られた場所に飛来する渡り鳥で、絶滅危惧種に指定されています。大きさは30cm位で、ヒヨドリ程度。
小田原市では1995年に市の鳥に指定し、1996年に酒匂川下流の中洲に繁殖用台地を設けて以来、毎年営巣地を守る活動「コアジサシの郷づくり」を行っています。


コアジサシのイラストと写真(日本野鳥の会)

職場の仲間と共に9時に現地に行きました。中州には「おかえりなさい コアジサシ」という横断幕が掲げられていました。そこにコアジサシの営巣地を作ります。皆が集まったところで、日本野鳥の会の方がコアジサシの生態や営巣地の作り方について説明する。「早いもので4月はじめに先発隊がやってきて、それぞれが巣を作る場所を決めると次に大きな大きな集団が来る。この場所を選ぶかどうかは先発隊の気持にかかっている」とのことです。



各自一斉に石をバケツで運び、コアジサシへの愛を込めて巣作りを始めました。コアジサシが好む白い石かゴマ石(御影石)を並べ、中心付近は抱卵しやすいように小さめの石や砂を敷く。


Mさんの作品

コアジサシは大きい石のすぐそばに巣を作る傾向があるので、並べた小石の脇に大きな石を置く。僕も巣を作りましたが、追加の石を取りに行って帰ってみるとどれだったのか見分けることができない有様!これでは親鳥になれそうもありません。
木製のスノコは、天敵のカラスやチョウゲンボウが来たときに雛が隠れるために置いています。



最後に、主催者が用意したデコイ(模型)を近くに置く。飛んできた鳥たちに仲間がいると思わせ舞い下りてもらうという作戦です。
5月の連休が終わった頃に、2,3個の卵を産み、21日間にわたって抱卵を続けるそうです。
参加者と共にたくさんのコアジサシが飛来することを祈って中州を後にしました。
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<渡りのルートについて>
日本野鳥の会の方からもらった資料には
「日本のコアジサシの多くは東京湾に集合して9月中旬には南の国に向います」とあります。
野鳥図鑑に1992年の新聞の切り抜きが挟んであり、
「6月に小田原市飯泉の酒匂川河口から標識を付けて離したコアジサシ80羽のうち1羽が、南太平洋のカロリン諸島付近の洋上で9月に漁船に発見された」という記事が載っていました。
小さなコアジサシはどのようにして酒匂川とオーストラリアの間の大海原を間違いなく往復するのか。渡りという行動には神秘に満ちたものを感じます。

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アオバトを見に照ケ崎海岸へ(2)

2007-08-23 22:50:00 | 
アオバトを観察する「こまたんアオバト探検隊」メンバーのところへ行く。
アオバトは、5月から11月まで照ケ崎海岸に海水を飲みにきます。こまたんメンバーの研究により、アオバトは春から秋まで丹沢の山の中に暮らし、夏場は果実を食べるので塩分が不足し、海水を飲みに来るのだと考えられているそうです。
こまたんメンバー2名がスコープを覗きながらアオバトの観察をしていました。1時間毎の飛来数、雄と雌の比率、今年生まれた子供の飛来数などをカウントしている様子です。
「今日は何羽位飛んできていますか?」
「9時までで1,000羽を少し超えています。スコープでアオバトを見てみますか?」
親切に勧めてくれたのでスコープを覗くと、雄の背中の羽が小豆色であることや、水を飲んでいる様子を手に取るように見ることができました。親鳥と子供の見分け方も教わりました。



さらに、果実を食べる夏場は、カリウムをたくさん摂ることになるので、カリウムとナトリウムのバランスをとるために海水を飲むのかもしれないとのこと。本能的に栄養バランスを考えているようだ。
冬は丹沢にはいなくなり、西日本で越冬することは知られてたが、最近、京都御所で観察を続けることができたので、生活ぶりが少しはわかってきた。ドングリをたくさん食べてあとは木に止まってうつらうつらしている・・・という話も聞きました。
羽の模様の観察の結果、7,8月には子供も加わって飛んでくるようになるので夏に飛来数が急に増えることも分かったそうです。

帰りに、パンの店「アヴィアント」に立ち寄る。ここには、こまたん作成のアオバトの絵葉書、書籍「アオバトのふしぎ」、アオバトをデザインしたマグカップが置いてあったのでいくつかをお土産に求める。お店のおばさんは、アオバトの絵を描いた看板をお店の外に飾るつもりだそうで見せてくれました。とても美しく描かれ、アオバトへの愛情が感じられます。



大磯駅と海岸の間には、エリザベスサンダースホームの森が横たわっています。丹沢から来たアオバトは、ここで一旦羽を休めてから海岸に飛んでいくそうです。海岸を離れた鳥たちは数10羽揃って森のほうへ帰っていく様子も分かりました。
アオバトをじっくりと観察したり詳しい生態の話を聞くことができ、有意義な一日でした。また季節を変えてアオバト観察と知り合った人たちとの再会を果たしたいと思います。
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アオバトを見に照ケ崎海岸へ(1)

2007-08-22 11:21:00 | 
アオバトが海水を飲む場所として有名な大磯照ケ崎海岸を訪れました。
アオバトは、夏の朝7時から8時ころが飛来のピークと「アオバトのふしぎ」に書いてあったので、7時過ぎに海岸に到着。何十羽ものアオバトが上空を旋回し、そして海岸の岩礁に舞い降ります。集団が真上を通るとき、喉から胸の色が揃って黄色と白に見えて美しい。しばらくすると、幸運にも1羽が直ぐ近くの岩に止まってくれました。


直ぐ近くに舞い降りた雌

73歳になるというおじさんによると、照ケ崎海岸の岩礁は、大正12年の関東大震災で隆起してできたものだから、それ以前にはなかった。アオバトは大震災後にここに来るようになったのだろう、とのこと。なるほど、するとそれ以前はどこで海水を飲んでいたのか、という新たな疑問が湧いてきます。


照ケ崎海岸の岩礁と表面の穴

この磯に潜るとムラサキウニ、バフンウニなどがいるが、あの岩にあるお椀の形の穴は、岩が水面下にあった時代にムラサキウニが作ったものだ。あの穴があるからそこに海水が溜まり、アオバトが嘴を突っ込んで飲むことができる・・・磯のすべてを知るおじさんならではの説明です。
あそこに「こまたんアオバト探検隊」の先生がいるから話を聞くといいよと教えてくれました。              

こまたん著,“アオバトのふしぎ”,エッチエスケー(2004)


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