興行上のトラブルがボクサーをダメにする

 早いもので内藤大助が5度目の防衛に成功してから明日で 1週間が経つ。
 戦前の予想では楽勝と思われた内藤がダウンを奪われるなど思わぬ苦戦
だった。 

 一方で内藤の対立王者であるWBA王者のデンカオーセンも同じ5月26日
に久高寛之と防衛戦を行ったが、これまた楽勝という予想に反して終盤追い
上げられて1-2の辛勝だった。 

 実は両者とも試合前に興行場のトラブルを抱えていた。
 WBC王者の内藤は当初上海での防衛戦のはずだった。
 本来は指名試合を義務付けられた内藤が1階級下のLフライ級の2桁ラン
カーの熊との防衛戦を優先できたのは試合会場が上海で‘中国初の世界戦’
というネームバリュームゆえ。

 ところが肝心の中国にはコミッションすらなく あろうことか試合会場の使用
許可を取ってなかったという前代未聞の不祥事。
 本来なら延期して上海で挙行するはずが、TV中継の関係で延期できない
ので急遽 東京に舞台を移しての防衛戦となった。

 WBA王者のデンカオーセンは ご存知のように解雇したマネージャーと亀田
一家に絡まれため、本来なら4月いっぱいに初防衛戦を挙行するはずが
延び延びになってようやく5月26日に行われる事になったという背景が
あった。

  そういえば71年7月に既にWBAスーパーフェザー級を6度防衛していた
小林弘が青森で防衛戦を行ったが、ラジオ中継のトラブルなどでゴタゴタ
した。
 すると大して強くないと思われたアルフレッド・マルカノにポイントでリード
しながら失速し10Rにまさかの逆転KO負けを喫した。

 同じ71年の11月にはWBCフェザー級王者の柴田国明の防衛戦前にプロ
モーターとOAするTV局とのトラブルで試合前のセレモニーを長引かせた
ために試合終了までに放送時間が終わってしまった。
 この時は‘地元判定’とも言われた柴田の引き分け防衛だった。

 昨年5月にWBAライト級王者になった小堀佑介も初防衛戦が秋に上海か
マカオで行われる予定だったが、かなりもめて延期続きの挙句今年の
1月に横浜での防衛戦になった。
 試合が決まらないので小堀のモチベーションが かなり落ちていたのは
否めないだろう。 

 会場の変更といえば具志堅用高の沖縄での防衛戦の会場も1ヶ月前に
変更になっているし、友利正の金沢での防衛戦も途中で会場変更された。

 普通に考えると‘会場が変わったぐらいで・・・’と思うが、緻密にコンディ
ションを整えているボクサーにとって ちょっとしたトラブルが意外に影響して
しまうようだ。

 だから開催日が現地の都合で5月23日に延期されたWBCスーパーフェ
ザー級王者の西岡利晃がメキシコで強敵相手にKO防衛したのは凄い事
なのだ。

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