ふぅ~~腱鞘炎になるかと思いました

朝から粛々と履歴書を書き書き

デジタルの時代になって手書きをすることがめっきり減りましたからね~~学生時代には普通にあったペンだこも今では“名残り”がある程度

疲れるけど、書く度に思うこと、、、昔真面目にお習字をやっとけばよかった

中学ぐらいまで習っていたのですが、サボリ&逃亡の常習犯でした

ま、これも心おきなくデートに臨むため……ってアレレ???何か間違ってる

はい、仕事を見つけるためですっ
さてさて、意外なところで

BB絡みの記事を発見。The japan Timesの舞台芸術関係の記事に取り上げられています。
こちらで読めますが、英字新聞なので当然ながら英語

愛あるチャレンジをしたい方は是非
書き出し部分、それってどうよ?と思わずツッコミ

「劇場を埋めたのはほとんど内野ファンの女性で、挑発的で刺激的なドラマは、その一部の人たちを仰天させることになった」って……悲しいかな(笑)100%否定できない感じではあるんですけどね~~


最初の方は作品説明や演出のマロン氏の紹介。マロン氏は2005年にオリジナルを観ていたそうで……2005年といえば「箱根強羅ホテル」上演の年ですよね~~しかも当時の新国立の芸術監督が彼!思い出しちゃった……修羅場の舞台

だったそうですが、良い作品だったな~~と。おっと、話がずれちゃった

マロン氏曰く「この作品は普通よりも10倍難しい。しかし、この作品のテーマは幼児性愛ではなく、互いが持つ過去の傷が蘇る点にある」とのこと。内野さんも他のインタの中でおっしゃっていましたが、生煮えのまま15年間抱えてきたものをぶつけ合っているのがレイとウーナなんですよね~~それをどう受け止めるかは観た人の数だけ意見があると思うし。
舞台セットについて書かれているところで、「The waste is like the crumpled memories of Una and Ray, ever present, yet used and worthless.」と部分、なるほどな~~と

最後に二人がゴミ箱をひっくり返すシーンは、いろんな意味を含んでるな~とは感じていたのですが、そう説明されると納得できるような。。。その他、レイとウーナの関係について、虐待or恋愛なのか等々のBBの描いているものが端的に説明してありました。マロン氏の言っていることともバッチリつじつまが合ってるって感じで。ウーナのセリフが「Why did you abuse me?」ではなく「Why did you leave me?」だったという指摘、ウーナの独白部分を思い出しちゃった……毎回胸がしめつけられるのよね
ただ、納得できないところもあったり……内野さん演じるレイについて、激高している部分は説得力に欠けるが、レイの自己嫌悪に関しては十分に表現されていたと評してありました。そうかな~~怒ることで自律せざるを得ない悲しさは伝わってきたと思うんだけど。あと、、、これが一番

だったのが、この記事の落としどころ……となると結局全部がダメじゃん

ということになるのですが(笑) この物語を日本に置き換えてレイを普通の会社員、ウーナを女子高生にして婦女暴行の過去があって、という風にしたらどうかと。確かにこの方が見る者にとっては面白いし強烈に伝わるような気はするけど、それだとよく言えば親切、悪く言えばおせっかい

100%明らかにしないと気がすまないテレビドラマの世界になっちゃうし、筆者が取り上げている「日本の年少者に対する嗜好(とでもいうのかな~~)」への対応云々で欧米に比べてグレーゾーンが多すぎるとか、そういう社会問題を前面に出したお説教作品になりかねないと思うし。そういうドキュメンタリー的な社会派舞台じゃないと思うんですよね~~むしろ、そういうものでは語りきれない、もっともっと生々しくて本能的なもの。観る人によって受け取るものは違うし、そこがこの舞台の面白いところなんだから

ま、確かに作者のハロワーの頭の中にあった感覚と日本にいる人たちが持っている感覚とはズレがあるのかもしれないけれど、、、でも、作品の世界観は十分に伝わってると思いますよ~~ってか、悩みがどんどん深くなり

マロン氏が「二人の記憶はお互いしか知らないこと。誰が真相を言っているのか?それは作者にしか分からない」って……じい、観る毎にふと、内野さんはどういう思いで演じられているのかな~~と考えることがあるのですが、きっと話してくださらないですよね~~観る者に委ねるように演じていらっしゃるから

そこがまた魅力であり、客席と舞台の「思い」のやり取りなんだけど
さ~~て、明日の夜は世田谷

その前に楽しみな約束があるので心がウキウキでっす