ソワレ観劇に行ってきました 少し早めに劇場へ マチネ観劇された遠征中の魔女サマ&そのお友達と をしながらお喋り 「私生活」以来の再会!内野的ご縁が繋がっているのは嬉しいことでございますぅ~~
さてさて、本日のBBですが……どうにもいかんっ 「ぼくはくま、くま、くま~♪」と宇多田ヒカルの歌が頭の中をグルグルと 幕が上がってレイとウーナの間には緊張感が漂っているのに、どうしても注目してしまう緑色の熊。。。ほとんど取り憑かれてますわ 次回、後ろの席の時にオペラでがん見して決着をつけてきますっ はぁ、、、熊たん
いきなり失礼しました 今日のお席は7列目。ラッキーなことに前列の人がいなかったので視界良好!思いっきり堪能することができました。前回よりも勢いはあったかな~~観る側の体調や心模様の違いもあったのかもしれないのですが(前回も特に体調が悪いというのはなかったんだけど…)、受け止めた感覚は初日に近いものがあったように感じました。泣けないほど重いものを抱え込まされたような感覚 ただ、歩ちゃんの声がかなり擦れているように聞こえたんですが……後半、深い話になるに従って力強くなるし勢いも するのは素晴らしいと思うのですが、どうにも前半が良くないんですよね~~特に、今日は最初の方は妙に大人びて見えたというか、ちゃんと年相応に成熟した普通の28歳の女性の雰囲気になってたのがちょいと残念 観てて違和感ないけど、その自然さが逆に不自然に思えてくる感じで、、、やっぱり12歳の面影がある方が「自然」だと思うし、それがウーナを輝かせている魅力だから。
じい、今回なぜか注目してしまったのがゴミ!昨日読んだジャパンタイムズの記事のせいというわけではないと思うんだけど、ゴミに関して語っている部分が引っ掛かったんですよね~~最初の方でウーナが「歩道を歩いていたカップルがいて、男の方が道路にゴミを捨てたから、それを注意したら女が男を庇って私に罵声を浴びせた」「もし自分の部屋だったらそんなことはしない。自分のものじゃない道路だからできる」という内容のことを話すところ、後半、「ここの用務員は仕事(=掃除や片付け)をしない。いつも本ばかり読んでいて、病気になりたい時に病気になる」というレイのセリフ……あれこれ分析や解釈をつけることには抵抗があるんだけど(そうすることでレイとウーナの間を表面的なもので判断しようとした周囲の人たちと同じになりそうだから)、な~~んか今日は“そういう”頭が働いちゃったのよね~~ゴミって役に立たない、汚い、意味のないものに見えるけど、これって普通に生きている人が見過ごす、あるいは敢えて蓋をしようとする心の奥底にある生々しいものなのではないか?って思ったり。。。自分に降りかからない限りは本気で受け止めようとしない、真剣に考えようとしないもの。それを真正面から受け止めるがゆえにどうしようもない状況になったいるのがレイとウーナなのではないかと……だからね~~最後の方でゴミ箱をひっくり返して戯れる二人が何だか痛々しいというか。。。
今日は珍しく(爆!)レイをパパラッチすることが多かったです。いや、いつも見てるんですけどね~~この作品は舞台上の二人を通して15年前の二人を感じてる時の方が多くて 今日のレイ、すっごく小さい男に見えました。ウーナの独白を受けて、出さなかった2通目の手紙=15年前の真相について告白するところは嘘をついてないのかな~と“今日は”そういう風に受け取りました。ただ、その前後で弁護士に言われたからそうした、自分の性癖について本にそういう通りに書いてあったから、自分は苦しんで賢明に学んだのに家族も友達も何もしてくれなかった……とにかく人のせいにするところが最低な奴だな~と でもそれでも 見捨てられない部分があるんですよね~~こんな奴についていってもお先真っ暗というのは分かっているのに、悔しいけれど心が寄り添ってしまう魅力?がある。。。ベガーズの時にマクヒースに感じた とは全く別物なんだけどね~~もしかしてじいはダメンズウォーカーなのか いえいえ それは冗談ですが、ウーナの気持ちが入っているせいかもしれないです。理屈では割り切れない、やり場のない思い……ウーナがレイに罵声にも似た酷い言葉を投げつけるシーンがいろいろあるのですが、それって非難じゃなくて屈折した愛情表現なのでは?と感じることがありましたわ
ただね~~レイが時折垣間見せるセクシーな魅力というのか、かみ合っていない会話が続いた後にウーナがグサッと直球勝負な言葉を投げつけるんですよ。「他に何人の12歳の女の子とセックスしたの?」「私を好きなように弄んだじゃないの!」等など。。。その時にレイの雰囲気と表情がガラリと変わるところが堪らないんですよね~~自分で自分をどうしていいか分からない、自分の心が分からない、もう何ともいえないような表情、優しくて切なくて悲しい目……言葉じゃなくて直接心に投げかけられるので、受け止めるのが大変
あと、じいのお気に入りシーン レイとウーナが下手で座り込んで向き合って話してその後……ね アレコレあるわけなのですが(笑)、そこでのレイの仕草と喋り方にも釘付けになりました レイがウーナの頭の上に手を置くところとか、どう見ても12歳のウーナに対する仕草なんですよね~~他にも椅子に座っているウーナの正面に椅子を持ってきて座るところとか、普通の男女の感じには全然見えない そこがやっぱり「世間的に」見て普通に年の釣り合っているカップルでないな~と。どう見ても親子?教師と生徒??って感じなのよね~~ で、ウーナの質問に答えるレイの喋り方 よく他の映画や小説で出てくるような「少年の心のまま成長した男」ではないんです レイという「性」を持った人間がこの世に生まれて、成長して、大人になったとでもいうか、、、う~~ん、上手く言えない これまた普通の範疇では語れない、でも突き詰めていけばヒトという生き物が持っているものを表すような喋り方なんだろうな~~と 今回はレイに愛情……ん?哀れみ??何だか倒錯した共感を覚えてしまった……かも
さてさて、今日は、ついついポチッとやってしまった舞台写真付きのチケットでの観劇日でした。写真の方も無事にゲット いろいろ迷って、お気に入りの場面=レイとウーナのツーショットにしようかな~と思ったのですが、最後の最後でヘタレな心が動いてレイの写真になりました 大事にしよ~~っと
実は、、、諸事情の成り行きで明日も アホなのはよぉ~~く分かってるのですが……いや、やっぱりアホすぎる
さてさて、本日のBBですが……どうにもいかんっ 「ぼくはくま、くま、くま~♪」と宇多田ヒカルの歌が頭の中をグルグルと 幕が上がってレイとウーナの間には緊張感が漂っているのに、どうしても注目してしまう緑色の熊。。。ほとんど取り憑かれてますわ 次回、後ろの席の時にオペラでがん見して決着をつけてきますっ はぁ、、、熊たん
いきなり失礼しました 今日のお席は7列目。ラッキーなことに前列の人がいなかったので視界良好!思いっきり堪能することができました。前回よりも勢いはあったかな~~観る側の体調や心模様の違いもあったのかもしれないのですが(前回も特に体調が悪いというのはなかったんだけど…)、受け止めた感覚は初日に近いものがあったように感じました。泣けないほど重いものを抱え込まされたような感覚 ただ、歩ちゃんの声がかなり擦れているように聞こえたんですが……後半、深い話になるに従って力強くなるし勢いも するのは素晴らしいと思うのですが、どうにも前半が良くないんですよね~~特に、今日は最初の方は妙に大人びて見えたというか、ちゃんと年相応に成熟した普通の28歳の女性の雰囲気になってたのがちょいと残念 観てて違和感ないけど、その自然さが逆に不自然に思えてくる感じで、、、やっぱり12歳の面影がある方が「自然」だと思うし、それがウーナを輝かせている魅力だから。
じい、今回なぜか注目してしまったのがゴミ!昨日読んだジャパンタイムズの記事のせいというわけではないと思うんだけど、ゴミに関して語っている部分が引っ掛かったんですよね~~最初の方でウーナが「歩道を歩いていたカップルがいて、男の方が道路にゴミを捨てたから、それを注意したら女が男を庇って私に罵声を浴びせた」「もし自分の部屋だったらそんなことはしない。自分のものじゃない道路だからできる」という内容のことを話すところ、後半、「ここの用務員は仕事(=掃除や片付け)をしない。いつも本ばかり読んでいて、病気になりたい時に病気になる」というレイのセリフ……あれこれ分析や解釈をつけることには抵抗があるんだけど(そうすることでレイとウーナの間を表面的なもので判断しようとした周囲の人たちと同じになりそうだから)、な~~んか今日は“そういう”頭が働いちゃったのよね~~ゴミって役に立たない、汚い、意味のないものに見えるけど、これって普通に生きている人が見過ごす、あるいは敢えて蓋をしようとする心の奥底にある生々しいものなのではないか?って思ったり。。。自分に降りかからない限りは本気で受け止めようとしない、真剣に考えようとしないもの。それを真正面から受け止めるがゆえにどうしようもない状況になったいるのがレイとウーナなのではないかと……だからね~~最後の方でゴミ箱をひっくり返して戯れる二人が何だか痛々しいというか。。。
今日は珍しく(爆!)レイをパパラッチすることが多かったです。いや、いつも見てるんですけどね~~この作品は舞台上の二人を通して15年前の二人を感じてる時の方が多くて 今日のレイ、すっごく小さい男に見えました。ウーナの独白を受けて、出さなかった2通目の手紙=15年前の真相について告白するところは嘘をついてないのかな~と“今日は”そういう風に受け取りました。ただ、その前後で弁護士に言われたからそうした、自分の性癖について本にそういう通りに書いてあったから、自分は苦しんで賢明に学んだのに家族も友達も何もしてくれなかった……とにかく人のせいにするところが最低な奴だな~と でもそれでも 見捨てられない部分があるんですよね~~こんな奴についていってもお先真っ暗というのは分かっているのに、悔しいけれど心が寄り添ってしまう魅力?がある。。。ベガーズの時にマクヒースに感じた とは全く別物なんだけどね~~もしかしてじいはダメンズウォーカーなのか いえいえ それは冗談ですが、ウーナの気持ちが入っているせいかもしれないです。理屈では割り切れない、やり場のない思い……ウーナがレイに罵声にも似た酷い言葉を投げつけるシーンがいろいろあるのですが、それって非難じゃなくて屈折した愛情表現なのでは?と感じることがありましたわ
ただね~~レイが時折垣間見せるセクシーな魅力というのか、かみ合っていない会話が続いた後にウーナがグサッと直球勝負な言葉を投げつけるんですよ。「他に何人の12歳の女の子とセックスしたの?」「私を好きなように弄んだじゃないの!」等など。。。その時にレイの雰囲気と表情がガラリと変わるところが堪らないんですよね~~自分で自分をどうしていいか分からない、自分の心が分からない、もう何ともいえないような表情、優しくて切なくて悲しい目……言葉じゃなくて直接心に投げかけられるので、受け止めるのが大変
あと、じいのお気に入りシーン レイとウーナが下手で座り込んで向き合って話してその後……ね アレコレあるわけなのですが(笑)、そこでのレイの仕草と喋り方にも釘付けになりました レイがウーナの頭の上に手を置くところとか、どう見ても12歳のウーナに対する仕草なんですよね~~他にも椅子に座っているウーナの正面に椅子を持ってきて座るところとか、普通の男女の感じには全然見えない そこがやっぱり「世間的に」見て普通に年の釣り合っているカップルでないな~と。どう見ても親子?教師と生徒??って感じなのよね~~ で、ウーナの質問に答えるレイの喋り方 よく他の映画や小説で出てくるような「少年の心のまま成長した男」ではないんです レイという「性」を持った人間がこの世に生まれて、成長して、大人になったとでもいうか、、、う~~ん、上手く言えない これまた普通の範疇では語れない、でも突き詰めていけばヒトという生き物が持っているものを表すような喋り方なんだろうな~~と 今回はレイに愛情……ん?哀れみ??何だか倒錯した共感を覚えてしまった……かも
さてさて、今日は、ついついポチッとやってしまった舞台写真付きのチケットでの観劇日でした。写真の方も無事にゲット いろいろ迷って、お気に入りの場面=レイとウーナのツーショットにしようかな~と思ったのですが、最後の最後でヘタレな心が動いてレイの写真になりました 大事にしよ~~っと
実は、、、諸事情の成り行きで明日も アホなのはよぉ~~く分かってるのですが……いや、やっぱりアホすぎる