asahi.com 政治 2月7日2時16分 「移設先、辺野古なら辞職」 稲嶺・名護新市長が強調
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>――市長就任で辺野古案は。
>「なくなるでしょう」
鳩山政権が今、どうするつもりなんだかは知りませんが、市長は日米合意潰しが当初からの目的だと言って良さそうです。政権交代による外交の継続性の危機の典型例でしょう。転換するなら問題の無いところからやるべきで、普天間に関して民主党が如何にも拙かったことは、これまでに述べてきました。
>――過去3回の市長選では移設容認派が当選してきました。今回、反対を訴えて当選できた理由をどう考えますか。
>「基地と関連した振興策が10年も続き、かなりの予算が投入されたのに、暮らしはよくならなかった。多くの市民がそう実感していたからではないか。基地に頼った一時的な振興策ではなく、継続・持続する、自分たちでつくり上げる地域振興が大切だと訴えたのが賛同を得たのだろう」
自分たちでつくり上げる地域振興を訴えたとのことですが、そのための予算が何処から出てくるかは不明だと言わざるを得ません。北部振興策は当然基地移転とセットで出されてきたものです。基地反対なら貰える道理がないでしょう。別の振興策を訴えるならば、どうして基地を容認しなかったのかと不審に思います。
>――政府が今後、「やはり辺野古に」と言い出したら、どう対応しますか。
>「私は辺野古に新しい基地は造らせないと約束した。信念を通して、貫いて、守り抜く。仮に国がそういうことを言ってきたら、市民の先頭に立って反対の意思を行動で示さなければならない」
>――現行計画よりも環境や騒音の負荷が小さい案、たとえば名護市辺野古にあるキャンプ・シュワブの陸上部への一部機能の移転などを提示されたらどうしますか。
>「現在ある基地の機能強化につながるものは、いずれにしてもだめだ」
稲嶺氏が交渉を受ける可能性はゼロであるということですね。そもそも容認派は交渉派でもあって、積極的な誘致派はいなかったことを考えても、当初から予想された事態ではありますが、これで一般に確定したということでいいでしょう。これまでの経緯から、市に住んでもいない「市民」の方の先頭に立つと解します。私には騒音などの被害を受ける辺野古住民の反対運動であれば理解できますが、反基地闘争イデオロギーに精を出す方々の行動に関して言えば、ほとんど理解ができません。(他に日本を守る現実的な手段はないと一般にも専門的にも理解されている)日米同盟重視の立場から、そうした運動は困ったもんだと思い、ブログを書いている次第です。
>――立候補を表明した当初は、今ほど反対姿勢を強く打ち出しませんでしたが。
>「これまで沖縄は政治的、歴史的背景の中で、虐げられながら生きてこなければならなかったことを、私たちは身をもって体験している。基地を新たに造ることについて、私の考えは初めからノーだ」
私は些か神学論争めきますが、言語学上、琉球語と日本語はルーツを共にするとは言え、神話から考えても琉球民族は存在したのであって、薩摩侵攻は一種の植民地支配だと理解していますし、琉球処分から沖縄戦、本土復帰の流れも理解していますが、琉球王国が先島諸島に人頭税を掛けたこともまた事実であり、北山王国が中山王国によって滅ぼされたのもまた事実だとも理解しています。身をもって体験されてきた基地のマイナス点については、その都度適切に対応するしかないはずで、イコール反基地闘争イデオロギーとは思っていません。いずれにせよ、重要な点はこれからどうするかであり、始めからノーであることは大体分かっていましたから、始めから反対を明言する人を国政に責任のある党は推薦すべきでないと考え、せめて民主党は推薦は取り消すべきだと書きました。
>――これまで市幹部として、容認派の3代の市長に仕えてきましたが、そのような考えは表明してきたのでしょうか。
>「(1999年に受け入れを表明した)岸本建男市長から事前に相談されたときは『沖縄にこれだけ基地が集中しているなか、普天間飛行場がただ平行移動してくるような案を振興策と引き換えに受け入れていいのか、おかしいのではないか』と意見した」
市幹部が市長に仕えるのは当然であり、意見をしたなら、今反対することに問題があるとは思いません。島袋吉和市長の時も恐らく取り立てて反対する機会が無かったのでしょう。当時から交渉ではなく、地方行政の立場から外交安全保障問題に反対の結論を出してしまえるタイプの人だったのだなとは思います。しかし、振興策と引き換えを理解していたならば、別の振興策を訴えたのがどうしても解せないところです。確たる根拠も無く別の振興策を訴えることは、名護市民に対する背信だと言えるからです。その背信がなければ、接戦だった以上、当選もなかったのではないかと考えていいと思います。
>――基地とリンクした振興策に頼らないと言いますが、具体的な構想はあるのでしょうか。
>「かつて名護市は農業の粗生産額が年間90億円を超えていたが、いまは約40億円少ない。この40億円を取り戻せば、自分たちががんばることによって得ることのできる収入源になる。また、名護の特色を生かした体験、交流、滞在型の観光の可能性も追求したい。基地問題に時間を割こうとは思っていない。移設反対を通していくだけで、そこに交渉だとか折衝だとかいうものはない。すぐにでも農業や観光の振興に手をつけたい」
大規模農業国、賃金の安い発展途上国との農業の競争は厳しく、国も農業振興には力を入れてますから、他の地域と同様、頑張ってほしいと思います。心配なのは島だと水です。また、環境を守ることは人を入れないこととセットである部分が大きく、観光面から綺麗な海がそれほど希少でないことを考えても、そうしたことが大した振興策に繋がらないことは明白だとは思いますが、他の地域同様、可能性を追求するのは悪くないと思います。また、基地移設反対なら、セットであると稲嶺氏自身が認識していた北部振興策などあるはずがなく、そこに交渉だとか折衝であるとかというものはないことも理解されるだろうと思いますし、本質的に基地問題は日米間の外交安全保障の問題であり、騒音など迷惑もある辺野古住民との間の問題であることも理解されているだろうと思います。