「無題」
(四)―⑨
美咲が手首を切って自殺を図ったのは二年生の終わり頃だった。
彼氏にデンワで宣言してから自分の部屋で行った。すぐに彼氏が駆
けつけて、躊躇い傷は多数あったが致命傷でなかったので大事には
到らなかった。彼氏との別れ話が原因だった。早速、母の弘子が京
都の病院へ向かったが、私は仕事を休むわけにはいかなかった。二
週間あまりの入院のあと、独り京都に残すわけにはいかないので学
校に休学届を出して暖かくなるのを待って連れ帰って来た。思ったよ
りも元気そうだったので妻に言うと、妻は、そう装っているだけだと言
下に否定した。そうだった、彼女は明るい自分を演じるのが実に巧妙
だった。普段は闊達に振舞う彼女と、初めて会った子どもの頃に見せ
ていた臆病な暗い表情が私の中でどうしても繋がらなかった。私の目
には彼女の明るさが生まれ持った性格というよりも、過去の寂しさを
忘れようとして無理にそうしているように思えてならなかった。私は、
「それで、彼氏とはどうなったの?」
妻は、大きく手を振って、
「ダメに決まってるじゃない」
妻が言うには、一縷でもやり直せる望みがあれば彼女は決してそん
なことはしなかっただろう。入院中に彼氏が訪ねてきたが、彼女は
面会を断ったという。そして妻は、
「恋愛は同情とはちがうから」
とつぶやいた。
(つづく)