「無題」
(四)―③
その頃はまだ店の運搬用のワンボックスで通勤していたので、すぐ
にその車で妻と一緒に娘を迎えに行った。私は、娘が私ではなく、実
の父親を求めたことが寂しかった。しかし、実の父親は弘子と別れて
すぐに別の女性と新しい家庭を持っていた。弘子が言うにはその女性
は浮気相手だったという。もちろん、それが離婚の一因でもあった。警
察署に着くと、美咲は意外にも明るく振舞って妻と抱き合い、私に対し
て「ゴメン、お父さん」と謝った。彼女は、母親を「ママ」と呼んでも、私を
「パパ」とは呼ばず「お父さん」と言った。私は「心配したよ」とか「行き先
をちゃんとママに言っとかないと」とか、それ以上のことは言わなかった。
私は、後になって何で涙を流してでも叱ってやれなかったのかと悔やん
だが、いつもそういうことが後になってからでないと気付かなかった。帰
りの車の中で、美咲は途中で買ったハンバーガーを食べながら「前に住
んでた家が急に見たくなった」と言い訳したが、私と妻はそれ以上訊けな
かった。
その後しばらくはこれといった出来事も起こらなかったが、何しろ
仕事が忙しくなって私は家族の一員だったが家庭の中の一人にはなれ
なかった。やがて、下の子がオムツも取れて一番かわいい時期を迎える
と、妻の両隣の席は一つは下の子が占め、もう一つを私と美咲で奪い合
うまるでイス取りゲームのようだった。私が家に居る時は美咲は自分の
部屋から出て来なかった。彼女は自分の本心を口にしない子なので
いったい何を考えているのか解らず、私はどう接していいのか思い悩
んでいた。
(つづく)
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